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第二章
5
身体中が軋んで痛い。
ダナーンからダルバード帝国に連れられてくるときに乗せられたのは、砂埃に薄汚れた幌のかかった粗末な荷馬車だった。人が乗ることは考えられていない、荷台と車軸が直接繋がれた馬車は、地面からの衝撃が直に伝わりひどく揺れた。それでもバレ王家最後の生き残りとして威厳をたもつため、揺れに体をまかせず、なんとか姿勢を正しているようにした。そのためには、体の慣れない部分を酷使しなければならなかったが、まるでその時のように体が痛む。
特に腹の奥の方と、太ももの付け根あたりが痛い。
身体中に残る気だるい痛み。それを認識するにしたがって、クローディアの意識はゆっくりと覚醒を始める。
クローディアはいつもの癖で、くっと体全体を軽く伸ばした。すると、とろりと胎の中からねばっこい液体が流れ出す。
「あぁっ……」
一人で寝るには広い寝台の上に仰向けに横たわったまま、クローディアは両手で顔を覆って、うめき声を漏らした。
なぜ、ここにいるのか。
敗戦国の王女としてダルバードに連れ去られ、祖国を滅ぼした憎い男に陵辱されたのだ。
クローディアは目を開け、ゆっくりと顔から手を離す。
昨晩意識を失う前には、寝台の横の小卓の上に置かれた燭台の蝋燭には、明明と火がついていた。だが今、あたりは暗い。朝が来るまでにまだ時間があることを、ここ数日の経験からクローディアは知っている。朝、東の空が白み始めるまで、いつ終わるとも知れない眠れない時間が続くのだ。
クローディアは寝返を打ち体を横にすると背中を丸め、脚を腹につくまで曲げて両手で肩を抱いた。
クローディア裸体には薄い絹の肌掛布団がかけられていたが、クローディアの肌は冷え切っていた。指の先まで血が巡っていない。そのせいか、肩を抱く指先に力を入れてみても、どこか他人のもののように感じた。
クローディアの未来は、こんなはずではなかったのに。
父がダナーンの王となったのは、クローディアが六つになった時だった。
父の戴冠式は、ダナティアの大神殿の中にある一番大きな聖堂で行われた。祭壇の前に立つ神官の前に父が跪き、大神官から大小様様な色の宝石が散りばめられた王冠を授けられる。目をつむれば、その日のことをありありと思い出せる。
王冠をかぶせられた父が立ち上がると、大神官は王権の象徴である、鹿の角を柄とした抜き身の剣と、鋭く削った金剛石の刃の槍を父に渡した。父は右手に持った剣と左手に持った槍を一度高く掲げると、胸の前で腕を十字に組み、聖堂一杯に集まったダナーン族の主だった貴族や高位の神官の方に向き直った。すると、新しい王の御代の始まりに、聖堂一杯に歓声が湧いた。人人の歓喜のなか堂堂と立つ父の姿は、地母神ダナティアに守護されたダナーン族の頂点に君臨する者にふさわしく、幼いクローディアの目には神神しく映った。
その翌日、クローディアは父の御代を支える巫女としてひっそりと神殿に入った。
住み慣れた王宮を出て、父と母と離れての暮らしは最初、心細いものだった。
だが、従兄弟のフェルナンは暇を見つけては神殿を訪れてくれたし、侍女たちもよくクローディアに仕えてくれた。特に乳母のドロテは、クローディアのことをよく気にかけ、神殿に来た当初はクローディアが寝付くまで、寝台の横に座って手を握っていてくれた。
「――ドロテ……」
クローディアは目をつむったまま暗闇に呼びかける。しかし、あの幼い日のように、低く落ち着いた声は応えてくれない。
クローディアはドロテがしてくれたように、自分で自分の手を握ってみた。ひんやりとした自分の指先を感じるだけで、幼いあの日のように、心の底の寂しさを癒すぬくもりは得られなかった。
「もういやよドロテ。私もドロテのところへ行きたい……」
ドロテはクローディアが十五の時に、腹にできた出来物のせいで死んだ。ダナーンの滅亡を見なかった彼女は幸せだと思う。だがもし、ドロテが今もクローディアの側にいてくれたら、クローディアの手をそっと握り、あの懐かしい、低く落ち着いた声でクローディアの名を呼んで、クローディアの悲しみを慰めてくれたのだろうか。
きっとそうだ。
クローディアが母の胎からこの世に出てくる前に、ドロテはクローディアの乳母になると決まった。赤子の時からクローディアを育ててくれたドロテは、誰よりもクローディアのことを慈しみ大切にしてくれた。
「シリアナも私と同じなのかしら」
クローディアは目を開けた。暗闇ばかりと思っていたが、露台に続く、大きな両開きの窓からは月明かりが白白と差し込み、乱れた寝台の上に深く蒼い影を落としていた。
それは、ダルバード帝国皇帝レオンスに組み敷かれた時にできた情欲の痕だ。
クローディアは腕を伸ばし、手の届く範囲だけでもと敷布の皺を広げる。
寝具は絹でできていた。絹の滑らかな肌触りは、ささくれ立つクローディアの気持ちとは正反対で、クローディアの心を落ち着かなくさせる。
かと言って今、自分の体を抱きしめれば、素肌に触れる人の手の感触に、ダルバード帝国皇帝レオンスに抱かれた時のことを思い出す。
クローディアはぎゅっと拳を握りしめ、首を振る。
クローディアが泣いても叫んでも、ダルバード帝国皇帝レオンスは、節ばって、枯れ枝のように乾燥した醜い手をクローディアの方に伸ばしてきた。クローディアを寝台の上に組み敷き、腰ひもで固定しただけの、前合わせになっているクローディアの夜着をはだけて、熱く禍禍しい塊をクローディアの足の付け根の間に突き立てた。
クローディアが抵抗しようとすればダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの太ももを内側から掴んで大きく足を広げさせ、自分の腰をさらに深く、クローディアの足の間に密着させる。そして、クローディアの両脚を自分の肩にやすやすとかけてしまうと、クローディアの夜着から奪い取った腰ひもで、クローディアの両手首を縛りあげ、クローディアの自由を奪う。
荒い息を吐きながら、腰を前後に何度も振って、クローディアの胎に打ち込んだ楔で、クローディアのことを翻弄する。
クローディアが逃げようとすれば、ダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの細い腰を掴んで引き寄せる。そして罰でも与えるように、クローディアの胎に自身の高ぶりを何度も何度も叩きつけ、最後には、あの男自身の欲望をクローディアの奥に解き放つのだ。
ダルバード帝国皇帝レオンスの熱く熟れた先端が、クローディアの一番深い場所にはまり込んだ時、クローディアはいつも、うっ、と小さくうめき声を漏らす。
ダルバード帝国皇帝レオンスに無理やり押入られ、無茶苦茶に体を揺さぶられ、行為の最初は痛みしか感じない。だが、男の荒々しさに体が馴染んできた頃、その瞬間がおとずれると、雷鳴に照らされたかの急速さで、白い快感が背中を駆け抜け脳天まで突き抜ける。すると無意識に、クローディアの胎がきゅっとしまる。ダルバード帝国皇帝レオンスが腰をわずかにでも退くと、その快感はすっとクローディアの身体から消えていき、胎に入り込んだままのダルバード帝国皇帝レオンスの自身の凶暴な大きさを、クローディアの女の部分ではっきりと感じる。
するとダルバード帝国皇帝レオンスは笑うのだ。ジブリアンに見せたらどう思うかな、と。
その度にクローディアは首を振る。ジブリアン様はこんな無体な真似はしないと。
すると、ダルバード帝国皇帝レオンスは喉の奥から低い獣じみた笑い声を上げて言う。どんなに澄ました顔をしていても男は男、一皮むけば女相手に欲することは同じだと。
その度に涙を流してクローディアは首を振る。ジブリアン様は違うのだと。
シリアナも同じなのだろうか。
シリアナは今日の朝、マリウスと結婚したのだと侍女のセリアから聞いた。
そのことを告げた時セリアは、黄金の獅子様の妻になれるなんてなんて幸運な方なのでしょうね、と頬を紅潮させて言った。
だがクローディアはマリウスのことが嫌いだった。
ダナティアから帝国へと向かう途中、毎夜のようにジブリアンとマリウスの二人は、クローディアとシリアナが囚われていた天幕に訪れた。ジブリアンの優しく穏やかな眼差しに包まれるのを感じた時、クローディアの胸は高鳴った。そして、ジブリアンの細く優美な腕に抱き寄せられた時、クローディアの胸には生まれて初めて感じる、柔らかな羽毛で肌をくすぐられた時のようにこそばゆい、それでいてどこか懐かしいような、心踊る歓びが訪れた。
ジブリアンの胸の中に閉じ込められて交わした口づけはやさしく、クローディアに愛を与えるものであった。
だがマリウスには怖いという印象しかない。
マリウスの物腰は常に隙がなく、暁の空の色にも似た深い菫色の瞳が、静かに、けれども油断なくあたりを見すえていた。天幕の中でマリウスと視線が合った時、獲物を狙う肉食獣の鋭い視線にとらえられた小動物になったような気がして、クローディアは慌てて視線をそらした。
黄金の獅子というのは言い得て妙だと思う。男の鋭く抜け目ない視線は猫科の大型獣を思わせる。獣のような男。それがクローディアのマリウスに対する感想だった。
シリアナは彼の妻にさせられたのか、可哀想に。同情が湧き上がる。
だが、光輝くダナーン族とは違う、蛮族の娘であれば、獣相手の婚姻であっても歓びを感じるのかもしれない。今晩彼女は、クローディアが毎夜レオンスに強要されているこの獣じみた行為を嬉嬉として受け入れ、マリウスのもたらした暴力に快楽を感じたのかもしれない。
きっとそうだ。そうでなければならない。バレ王家の最後の一人であるクローディアと同じ苦しみを、蛮族の娘が共有しているとは思いたくなかった。
国を滅ぼされ、愛する男性と引き離され、不幸になるのは自分一人でいい。誰にもこの悲しみを理解されたくない。
クローディアは拳を強く握った。と、その時、ゆっくりと寝室の扉が開いた。
クローディアは反射的に寝台の上に体を起こし、肌掛布団を体にまきつけ扉の方を見た。胎から、ダルバード帝国皇帝レオンスの残滓が伝い落ちて顔をしかめた。
背の高い人影が、するりと滑り込むように部屋の中に入ってくる。
ダルバード帝国皇帝レオンスが戻ってきたのか。自らの熱をクローディアの胎に解放した後は、すぐに部屋から出て行って、今まで一度も戻ってきたことはないと言うのに。
人影を見すえたまま、クローディアは胸元の肌掛布団を強く握り、身を固くした。
人影は後ろ手に素早く扉をしめると、足音も立てずにゆっくりとクローディアのところまで歩み寄ってくる。
嫌だ、とは思うが、悲鳴は喉に張り付いて声にならない。
男が近づくにつれ胸の鼓動が早くなり、胸が苦しくなる。
新鮮な空気を求めて喉がわななきはじめる。
喉元を片手で抑え、ひっぃ、ひっぃ、と短い呼吸を何度も繰り返す。
「クローディア」
ダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの名を呼ばない。それに小さくともよく透る凛と涼やかなその声は、不快にざらざらとこすれたダルバード帝国皇帝レオンスの嗄声とは違うものだった。
「はぁっ、あっ」
クローディアは男の名を呼ぼうとしたが、空気を吸い込もうとひくつくばかりの喉では声がでない。空気の足りない胸が痛む。それを抑えるように少し前かがみになると、クローディアは男に向かって腕を伸ばした。
「大丈夫。大丈夫です。クローディア」
男は寝台に片脚を乗り上げると、クローディアの左手に自らの指を絡めた。
つなぎあった指先から暖かさが伝わってくる。
「ひぃ、ぃ」
クローディアの大きな鳶色の瞳から、涙が溢れる。
「――なんて、無残な……」
男は言うと、クローディアの体を強くかき抱いた。
やっと、会えた。クローディアは、左腕を男の背にまわした。
月が一度満ち欠けするには足りないが、一度満ちた月が、半分以上欠けるほどの時間は過ぎた。
クローディアの肩にかかる、豊かな亜麻色の髪に顔をうずめた男が、思いっきり息を吸った。
「あぁ、貴女です」
吐き出す息とともに、感極まった声で男が言った。
「クローディア、ゆっくりと息を吸ってください」
男はクローディアの体を放すと隣にきて、クローディアの背を大きく上下になでながら言った。
「はぁっ、あっ」
苦しい。胸が痛む。胸郭がひどく狭まっていて、いくら息を吸っても胸の奥に入ってこない。まるで水中におしこまれてしまったかのようだ。ゆっくりと意識が薄れる。このまま死んでしまうのではないか。そんな不安がクローディアの脳裏をよぎる。
「そう、大丈夫です。次はゆっくりと吐いてください」
無理だとは思ったが、遠くから聞こえるジブリアンの声にしたがい、息を吐き出す。
「そう、上手です。次は息を吸ってください」
ジブリアンに言われて息を吸う。さっきよりもほんの少しだけ、胸の奥まで空気が入ってくる。
「そう、大丈夫です。落ち着いて、次は吐いてください」
ジブリアンの声に合わせて、呼吸をする。幾度かそれをくり返す内に、クローディアの息づかいは普段通りになった。
「ジブリアン様、どうしてここへ?」
寵妃の寝室へ入れるのは、皇帝のみだ。クローディアは、ずり落ちかけていた肌掛布団を体に巻きなおし、肌掛布団が落ちてしまわないように左手でおさえなおすと、隣に座るジブリアンに訊いた。
後宮という言葉には、皇帝の私的空間という程度の意味しかなく、男子禁制というわけではない。皇帝が政務をおこなうセレスト宮や官吏が行政をおこなう外殿がある前庭は男たちの世界だ。それとは反対に後宮は、女官と呼ばれる中流貴族以上の子女たちによって維持・管理されていた。
寵妃はそこに、宮と呼ばれる屋敷を与えられ生活する。
寵妃たちの応接室は、彼女たち招かれさえすれば誰でも自由に出入りができる。そこには、画家や音楽家や吟遊詩人など様様な人人が出入りし、会話を楽しむ。応接室が盛り上がれば、それに興味を持った皇帝が訪れ、寵愛を受けるきっかけとなる。応接室を盛り上げるのは寵妃たちの義務とされていた。だが、皇室の血統を守るため、寵妃の私室への出入りは女官や近衛兵によって厳しく制限されていた。
「私は後宮で育ちました。抜け道も幾つか知っています。貴女の部屋に忍び込むのは容易いことです。貴女と別れたその日から、貴女に会いたいとただそれだけを望んでいました。その望みのままに、貴女の面影を求め、私はここへ来てしまいました。クローディア、私の愛の女神、常春の人。私の心はいついかなる時も、貴女の下に捧げられています」
言ってジブリアンが、クローディアの右手を握る。
クローディアは首を振って、ジブリアンに握られた手を退き膝の上においた。
「いけません。ジブリアン様。私はもう、貴方様に愛される資格はございません」
クローディアは腰をひねって、ジブリアンがいるのとは反対側に顔をむけた。するとクローディアの胎から、まだ残っていた男の欲望がこぼれ出す。男の吐き出した白濁によって、秘所が濡れているのを感じる。
神殿の奥でクローディアは育った。そこでは外界との接触は最低限に保たれ、身の回りには侍女や神殿につかえる女官たちしかいなかった。訪れる男性は王族か神官のみだったが、クローディアには常に礼を持って接していた。男女が褥で何をするのか教えてくれる人はいなかったし、知る必要もなかった。そんなクローディアにとって、初めての晩は衝撃的だった。ダルバード帝国皇帝レオンスがクローディアの宮を訪れる前、セリアはただ、皇帝陛下にすべて任せれば、万事滞りなく進むからとしか言わなかった。だがダルバード帝国皇帝レオンスは酷かった。クローディアが自分でも、自分の体にそんな場所があるとは知らなかった場所を無理やり暴き、クローディアの体に男の欲望を乱暴に叩きつけた。翌朝、セリアが部屋に顔を見せるなり、クローディアは彼女に抱きつき、わっ、と泣いた。泣きじゃくるクローディアの背をなでながらセリアは、これが子を成すための行為であること、そして皇帝陛下の寵愛を頂戴できるのは、とても名誉なことだっと言った
「父上に、強要されたことを言っているのですか?」
目を伏せて、クローディアは頷く。
「私の体は穢されました。ジブリアン様のそばにいるにはふさわしくありません」
「そんなことはありません、クローディア」
ジブリアンはクローディアの頬にそっと手をあて、自分の方を向かせた。
翠玉色の瞳が、窓辺から差し込む月明かりを反射して、深い森の奥にある、静かに水を湛えた湖面のような、濃い翠色に輝いている。ジブリアンは哀しく笑って、優しくクローディアのことを見ていた。
「これから昔話をします。どうか聴いてもらえますか?」
「はい」
クローディアは頷いた。
それを見て、クローディアの頬から手を下ろすと、ジブリアンは、昔、昔のことです、と語り出した。
ある国に、一人の王がいました。
王は幼馴染みでもあり、従姉妹でもある黒髪の美しい女性に恋をしていました。
女性もまた、兄のように慕っていたはずの王にいつしか恋心を抱くようになり、心を通わせた二人は、周囲の人人に祝福され結婚しました。
仲睦まじく過ごしていた二人の下にはすぐに、それはそれは珠のように美しい姫が生まれました。両親に愛され姫は健やかに育っていましたが、二人は国を継ぐ王子が欲しいと願っていました。
そんな二人の願いは数年後に叶えられました。王妃が男の子を生んだのです。
しかし元元体の弱かった王妃は王子を生んだ後、なかなか寝台から起きることができません。それどころか日に日に衰弱していき、食べることもままならず、王妃の命はいつまで持つかと、王妃を深く愛していた王は毎日とても心配していました。
そんな時王妃は自分の寝台の脇に、幼い頃から実の姉妹のように育った従姉妹でもあり、親友でもあった女性を呼び寄せ、次のように頼みました。「自分亡き後、王は国のため新しい妃を娶らねばならい。それは仕方のないことだと諦めている。だがその時、王子と姫が蔑ろにされては忍びない。どうか、次の王妃となり王子と姫を育ててくれないか」と。
王妃は知らないことだったのですが、親友には実は心に決めた人がいたのです。
ですが親友はそれを告げず、王妃の頼みを快諾しました。
王妃は死に、王は悲しみに沈みました。しかし王妃が王に遺した手紙には王子と姫の未来をいたく心配する王妃の心情が書いてありました。それを読んだ王は、王子と姫に対する王妃の深い愛情を知り、王妃の喪が明けるとすぐに、王妃の親友を次の王妃として迎え入れました。
新しい王妃の心は常に別れた恋人の下にありましたが、新しい王妃は前の王妃との約束を守って実の母のように、深い愛情をもって王子と姫を育てましました。
一人残されたのは新しい王妃の恋人です。
愛する人を奪われたと王と前の王妃を恨んでもよかったはずなのに、その男は親友との約束を大切にした恋人の心を慮り、愛する人のため国の平和と繁栄を祈ると誓い神官になり、遠くから恋人をささえることに決めたのです。
「とても哀しい、でも美しいお話ですね」
「ええ。物語とはいつも美しいものです。でもその背後に残酷な現実が隠されています」
それは、とクローディアはジブリアンに続きを促す。
「これはすべて実話です。王とは私の父、最初の王妃は私の母、次の王妃が私の養母のことです。
父上は姉上のことは愛しています。ですが、最愛の女性の命を奪った私のことは憎んでいます。
私の養母は、三代前のオードラン公爵に嫁いだ私の大伯母の娘で、マリウスから見れば伯母にあたる女性です。養母は死に際の私の生母に頼まれたからではなく、家の都合で後宮に入れられました。
私の母方の祖母は先の皇帝の娘で、先の皇帝の腹違いの弟に嫁ぎました。私の祖父は王族ではありましたが後ろだてとなる外戚を持たず、権力からは遠ざけられていました。ですが祖母と母親を同じくする姉、先ほどの大伯母がオードラン公爵家に嫁いだことで、祖父にはオードラン公爵家との縁ができ、私の生母はオードラン公爵家の支援の下、後宮に入りました。実母が死んで焦ったのはオードラン家です。私は生まれたばかりで、今後私が育たなければ、オードラン公爵家が外戚として権勢を振るうことは難しい。そこでマリウスの祖父でもあった同時のオードラン公爵は、次の王子を生むこと期待して自分の娘を後宮に入れ、娘に私と姉の養育を任せました」
「神に仕えることを選んだ男の話は、嘘ですか?」
「いいえ。それが今の大神官様です。大神官様は私たち姉弟と養母によくしてくださいました。ですが父上は未だ私の生母のことを愛しているのでしょう。オードラン公爵家の手前、養母を大切にすることはあっても、一度も夜を共にしたことはありません。
養母と大神官様は、それが叶わぬと知りながら今も愛し合っています。
もちろん、肉欲をともなわないその愛は美しいものです。
ですが私は憶えています。夕日の差し込む部屋の中で養母が一人、大神官様からいただいた時候の挨拶が書かれた手紙を胸に抱いて涙を流していた様子を。
私は愛する貴女にそんな寂しい思いをさせるのは耐えられません。
側室を家臣に下すのはよくあることです。父上はファズムの土地を狙っている。いずれまた戦が訪れるでしょう。その時にきっと手柄を立ててみせます。そして今回のマリウスのように、父上に貴女を下さるように頼みます。
だからそれまで待っていてくれますか? 愛しいクローディア」
はい、とクローディアは頷く。
「あぁ、ありがとうございます。クローディア」
ジブリアンは感極まって言い、クローディアの華奢な体を肌掛布団の上から抱きしめた。
ファズム王ベランジュは、長椅子の上に横になり、脚を肘掛にかけて行儀悪く長椅子の外に投げ出し、大陸各地に潜ませている手の者から早馬でもたらされた書簡を読んでいた。それを読み終えると、ふん、と鼻を鳴らして手にしていた書簡を床に放った。
予想はしていたが、やはりダナーン聖公国はダルバード帝国に負けた。
マズリー河沿いに広がる肥沃な土地は帝国に渡ったが、戦の後処理には時間がかかる。領主をおき、帝国へ納める税を集める租税官を派遣してと、そこを支配するために制度を整えねばならない。
帝国はダナーンの地を治めるものの一員として、シラールの民を入れることを考えているに違いない。彼らの戦闘力、そして良馬を育てる技術はかなりのものだ。
今後も帝国が領土拡大を続けるなら、騎馬は多く優秀な方がいい。
だが、独立独歩の気質をもつシラールの民は、穀物の多くとれるダナーンの地を餌にしても、すぐには帝国に従わないだろう。混乱に乗じて攻め入り、その一部を自らのものにしようとする部族が多く現れるに違いない。
しかし帝国は強い。一時的にはダナーンの地の北部地域の一部はシラールの民に渡るかもしれないが、最終的には帝国が勝利を収め、皇帝の寛大な措置によってシラールの民は帝国領土内に定住し、皇帝に良質な軍馬と高い戦闘力を持った兵を提供することだろう。五年、否、早ければ三年の内に帝国は、ダナーンの地に支配権を確立しファズムに攻めてくる。
巫女から授かる神託などあやふやなものではなく、ここ数十年の帝国のやり方から導き出される未来予想だ。
帝国の目的はこの国に眠る鉄だ。
ファズムでは古くから鉄鉱石が採れた。それを利用して農機具をつくり、民は土地を耕して生活してきた。と同時に王族は、祭祀と呪術を利用し国を支配してきた。ファズムに侵攻すれば呪われると、呪術が他国を恐れさせ、ファズムに手を出すことをためらわせてきた。
だが帝国では学問が進み、呪術など信じるものはいないと言う。
それに数百年ほど前、ダナーン族がファズムの信仰する地母神を神殿に閉じ込めて以来、ファズムの王族と地母神との関係は弱まり、かつて王族のみがつかえたという大がかりな呪術は、ほとんど使うことはできなくなった。
帝国は必ずファズムに攻めてくる。
どうするかなどと考えるまでもない。この地を守る義務がファズムの国王であり、最高祭司でもあるベランジュにはある。戦になればファズムは負ける。戦になる前に帝国の進撃をとめられればそれでよい。そのためには帝国内部に騒乱を起こせばよいが準備が必要だ。情報を集めなければならない。手の者たちを多く帝国内に配さなければ。
「面倒だ」
ベランジュはつぶやく。呪術の力のみで国を守れた時代の王たちが羨ましい。
ベランジュの向かいの壁の中央には、無花果の大木の絵を織り込んだ、天井から壁までを覆う正方形の綴織がかけられていた。その向こうからこつこつと壁を叩く音がする。
「入れ」
ベランジュが言うと、古い扉を開けるときのような、きぃっ、と軋んだ音がした。
続いて綴織の端を片手ではねのけ、黒に近い濃い茶色の麻の外套を頭からすっぽりとかぶった、小柄な人物が入ってきた。その人物は綴織の前に立つと、頭巾を両手で後ろに下ろした。女の顔が表れる。激しく燃える炎の色をした波立つ豊かな赤毛が、女の肩にこぼれ落ちていた。
「舞姫か。どうだった?」
ベランジュは肘掛から足を下ろすと、長椅子の上に体を起こした。
「はい。ご報告いたします」
女はその場に片膝をついて頭をたれた。
「バレ王家のものはみな帝国によって殺されましたが、ダナーン聖公国の最後の王エルネストの長女が一人生き残り、帝国の後宮に納められたそうです」
「王女は確か、神殿の巫女だったな。美しいのか?」
「美の女神が嫉妬するかのような美しい顔立ち、大きな鳶色の瞳は顔からこぼれ落んばかり、亜麻色の髪が白皙の頬を覆い、子鹿のように華奢な体躯。噂によればそのようです」
「皇帝はその娘の色香に迷わされたか」
「いいえ、その娘と恋に落ちたのは、第一皇子のジブリアンだそうです。ジブリアンはダナーンの第一王女を自分の妻にと望んだそうですが、ジブリアンに対する嫌がらせのように、皇帝はダナーンの第一王女を自分のものとしたそうです」
「皇帝と第一皇子の仲は悪いと帝国の都から遠く離れたファズムにまで漏れ聞こえてきている。それは本当か?」
「黒き狼が傭兵としてこの度のダナティア攻めに参加いたしましたが、その間皇子のジブリアンは戦に怯え、自身に与えられた天幕から出ることはなかったとか。皇子は武術より学問に詩、物語や絵画を好むそうです。武力が重んじられるダルバード帝国にあって、それが皇帝は気に入らないと聞いています」
ふうん、とベランジュは鼻を鳴らした。
「帝国の現状ははわかった。それより黒き狼はどうした? お前とともに戻るはずではなかったのか? なぜここに報告にあらわれない」
「長老が帝国の都へ行き、そこで帝国の政情を見極めるのがよいだろうと。それに……」
女は言いにくそうに口ごもる。
ベランジュは頭を下げたままの女を見つめ、話を続けるのをじっと待つ。
「かつての婚約者が、ダナティアから逃げ延びたのではないかと。それを探し出すと言っていました」
「婚約者ぁ?」
ベランジュの口から、思わず気の抜けた妙な声がでる。
「奴はシラールの民の出だろ。それがどうして、昔の婚約者がダナーンにいる」
「自らの部族が滅びた時、黒き狼の婚約者は、ダナーン族の父の実家を頼って逃げ延びたそうです。それがどこかで生きていて、不憫な状況にあるのであれば、見つけて助け出したいと言っていました」
「奴はファズムの目になるのが、どういう意味かわかっているのか?」
「ダナーンの奴隷市で長老に買われ、黒き狼がファズムの目となってから二年と経っていません。黒き狼が王のために勤めを行うのは今回が初めてです。黒き狼はまだ何の道理もわきまえていないのでしょう」
「まあいい、役に立たねば処分するだけだ。過越の宵の生贄くらいにならなるだろう。それより舞姫、ここへ来い。褒美をやろう」
「はい」
女は立ち上がると、おずおずと言った様子で、左右の肩を不安定に揺らしながら、ベランジュが座る長椅子の前までくる。
「何をするかはわかっているな。リリュイ」
女の顔を見上げて、ベランジュは問う。
まだ少女と言ってもよいほどの年頃の娘は頷いた。
「はじめろ」
ベランジュは短く命令する。
娘はその場に両膝をついた。娘に我が王と呼びかけられ、ベランジュは脚を広げた。
娘はいざって寄り、ベランジュの広げた脚の間に体を落ち着ける。娘はその場にぺたりと座りこんだ。
ベランジュは黒すぐり色をした深い紫色の法衣を着ていた。前を合わせ、腰紐でとめた法衣は、ベランジュの足元まで覆っている。
娘は、腰紐の下から法衣の前をくつろげる。娘が下穿きごと、ベランジュのゆったりとした袴を下ろそうとしたので、少し腰を上げて協力してやる。
袴がすとんと足首のところまで落ちる。ベランジュは履物ごと、袴から脚を抜き出した。
足で蹴って、袴を脇にどかす。
大切な部分が外気にさらされ心もとない。
「我が王」
娘がベランジュの膝頭に手をそえ見上げている。
娘の翠色の瞳は、この先にある快楽を予想してすでに潤んでいる。
この娘に恋心と肉欲を教えたのはベランジュだ。ベランジュの望むことをこの娘は知っている。
「歯は立てるな」
「はい」
娘は頷き、ごくりと唾を飲み込む。
娘は両手でまだ小さなベランジュ自身を茂みから探りだすと、ゆっくりと口に含む。
娘の口腔の暖かさと、膣の中とは違うさらりとした粘液に一番敏感な箇所を覆われ、思わず身震いする。
娘は右手を再びベランジュの膝頭に当て、ベランジュにさらに脚を開かせる。
娘はベランジュが教えた通りに、まだ小さな陰茎を舌で転がしながら優しく舐める。
娘の左手が下からすくい上げるようにベランジュの陰嚢をそっと包み込み、指先で軽くなでるように触れる。ベランジュは小さく身震いした。
ベランジュの脚の間で、娘の頭が小刻みに揺れている。
「リリュイ」
ベランジュは娘の名を呼んでやる。
呼びかけに応えて、娘が顔を上げる。
娘のふっくらと膨らんだ薄紅色の唇が、吸いきれなかった唾液で濡れている。
ベランジュは娘の頬に手をそえると、よくやっているとでも言うように、自身の雄をくわえている娘の湿った上唇を親指でなでた。
それに感じたのか、娘が少し目を細めて、うっ、と小さくくぐもった声を漏らすと、唇にほんの少し力が加わって、ベランジュ自身の根元のを刺激する。
腰の辺りにこらえきれなかった快楽がたまり、雄芯に熱が集まる。
ベランジュは両手を娘の頭の上におく。上体を少しそらして、肩の少し下の辺りを背もたれにのせる。
娘が左手で、服の上からベランジュの腰と臀部の境目を優しくなでるように触る。
そわそわと落ち着かない感覚が、腰のあたりの除除にたまってくる。
ベランジュの雄が大きく育つ。ベランジュの怒張をくわえきれなくなった娘は、口からはみ出した下の部分を右手でそっと握る。娘の手の冷やりとした感触に、ベランジュは一瞬総毛立つ。
娘は、根元の部分を右手でゆっくりと上下に動かす。
口腔に収めたままの先端の張り出した部分を、娘は器用に舌を使って左回りにひと舐め、右回りにひと舐めする。ざらりとした舌の感触が一番敏感な部分に触って、ベランジュは思わずうめき声を漏らす。
娘は舌を先端の割れ目に差し込んで、思いっきり吸い上げる。
身体中の熱の集まったその場所から、根こそぎすべてを持って行かれるような感覚がたまらない。
ベランジュは娘の頭を両脇からつかむと、根元に向かって押し付ける。
ベランジュの先端が娘の喉に当たった。
娘の左手がベランジュの衣服を強く握った。
「うっぐぅっ」
娘の喉からえずいた時のような声がもれて、娘の頭が下に押し付けるベランジュの力に反発する。
「もう、いい」
ベランジュは言い、娘の頭から手をどかす。
肉厚な唇がきゅっとしまり、ベランジュの分身に刺激を与える。ベランジュの雄を汚した自身の唾液をぬぐうようにしながら、娘の頭が離れていく。
娘の唾液にまみれた熱塊は、外気の冷たさを敏感に感じる。ランジュは思わず身震いした。娘の努力によって、ベランジュの欲望はベランジュの腹の前に、大きくそそり立っていた。
「わかるな」
ベランジュの広げた脚の間にぺたんと座り込み、潤んだ瞳でこちらを見上げる娘に訊く。
娘はこくりと頷き立ち上がると、一歩後ろに下がる。
娘は、胸のあたりで外套の前を止めていた紐をほどき、外套をその場に落とす。
娘は染めのない、薄い茶色の麻でできたくるぶしまである貫頭衣を着、細い腰に手の幅ほどはある革製の帯を巻いていた。
この先にあるものをベランジュは知っている。
娘は腰をまげると、少し恥じらいながら手早く下履きを脱ぐ。
「来い」
ベランジュは長椅子の背もたれに両腕をのせて言う。
娘は頷き、こちらに歩いてくる。
ベランジュは広げていた脚を閉じる。
娘は腿のあたりで、貫頭衣の前身頃の部分をぎゅっと両手でつかむ。そのまま貫頭衣の裾を両手で膝の上まで上げて、ベランジュの脚を跨いだ。
「はじめろ」
娘はベランジュの肩に両手をおき、ゆっくりと腰を下ろす。娘の濡れた花唇に、ベランジュの先端が触れる。娘はそのまま蜜壺にベランジュを飲み込もうとするが、ほぐしていない入り口は固く、ベランジュの雄芯は花唇の間をするりとすべってしまう。
娘は一旦後ろに退き、片手でベランジュの欲望をそっと掴む。貫頭衣の裾を持ち上げ、再びベランジュの脚をまたぐと、ベランジュの欲望に添えた手で、熱く滾ったベランジュを自身の蜜壺に導きながら、慎重に腰を下ろす。
ベランジュの一番敏感な部分が娘の濡れた入り口に触れ、ベランジュは思わず漏れそうになったうめき声をこらえ、眉間に力を入れる。
娘はベランジュの欲望から手を離す。両手をベランジュの肩に置き、ゆっくりと腰を落とし、ベランジュの雄芯を、ほどよく湿った柔らかな襞の中に飲み込もうとする。
早く、快楽が欲しい。
ベランジュは娘の細い腰を両手で掴むと、一気に自身の下腹部に向かって一気に引き寄せた。
「あぁっ」
娘が喉をそらして叫ぶ。ベランジュの両肩に置かれた手に力が入り、娘の胎内が一瞬で収縮する。大切な部分を熱を孕んだ弾力のある壁に圧され、ベランジュは思わずうめき声をあげる。
娘にみっともないところは見せたくない。
「リリュイ、いくぞ」
ベランジュは娘に声をかける。娘は音を立てて唾を飲み込み、ベランジュに頷く。
娘は様子をうかがうように、ゆっくりと腰を上げる。
ざらざらとした娘の膣壁がベランジュの雄をこすり、ぞろりと快楽がベランジュの背筋を這い上がる。
だが、この程度では物足りない。
まだ、半分ほど娘の中に埋まっている状態で、ベランジュは娘の細い腰を両手で引き寄せる。
「はうっ」
娘が喉をそらして、喘ぎ声を上げる。
ベランジュの前に、娘の白い喉が無防備にさらされる。
ベランジュは娘の喉元に噛みついた。
「っひやぁ」
娘が悲鳴を上げる。ベランジュはそれを無視して、首筋から肩口まで肌理の細かい娘の柔肌を舐め上げた。
娘は体を震わし、ベランジュの肩を強く握った。
胎内の締めつけが強くなる。
ベランジュは小さくうめいて、両手で娘の腰を持ち上げた。娘の体が、ベランジュの求めに応じて素直に動く。娘の腰を引き寄せ、さらに奥深くに先端を押し付けた。こりりと硬い部分がベランジュの先端に当たる。娘の膣に力が入り、さらに奥に導くようにきゅっとせばまる。ベランジュは娘の一番深い場所に自身を押し付けた。
「っぁ」
娘の口の端から、喘ぎ声ともため息ともつかない音が漏れる。
ベランジュは娘の肩口に噛みつき、精を放った。
身体中が軋んで痛い。
ダナーンからダルバード帝国に連れられてくるときに乗せられたのは、砂埃に薄汚れた幌のかかった粗末な荷馬車だった。人が乗ることは考えられていない、荷台と車軸が直接繋がれた馬車は、地面からの衝撃が直に伝わりひどく揺れた。それでもバレ王家最後の生き残りとして威厳をたもつため、揺れに体をまかせず、なんとか姿勢を正しているようにした。そのためには、体の慣れない部分を酷使しなければならなかったが、まるでその時のように体が痛む。
特に腹の奥の方と、太ももの付け根あたりが痛い。
身体中に残る気だるい痛み。それを認識するにしたがって、クローディアの意識はゆっくりと覚醒を始める。
クローディアはいつもの癖で、くっと体全体を軽く伸ばした。すると、とろりと胎の中からねばっこい液体が流れ出す。
「あぁっ……」
一人で寝るには広い寝台の上に仰向けに横たわったまま、クローディアは両手で顔を覆って、うめき声を漏らした。
なぜ、ここにいるのか。
敗戦国の王女としてダルバードに連れ去られ、祖国を滅ぼした憎い男に陵辱されたのだ。
クローディアは目を開け、ゆっくりと顔から手を離す。
昨晩意識を失う前には、寝台の横の小卓の上に置かれた燭台の蝋燭には、明明と火がついていた。だが今、あたりは暗い。朝が来るまでにまだ時間があることを、ここ数日の経験からクローディアは知っている。朝、東の空が白み始めるまで、いつ終わるとも知れない眠れない時間が続くのだ。
クローディアは寝返を打ち体を横にすると背中を丸め、脚を腹につくまで曲げて両手で肩を抱いた。
クローディア裸体には薄い絹の肌掛布団がかけられていたが、クローディアの肌は冷え切っていた。指の先まで血が巡っていない。そのせいか、肩を抱く指先に力を入れてみても、どこか他人のもののように感じた。
クローディアの未来は、こんなはずではなかったのに。
父がダナーンの王となったのは、クローディアが六つになった時だった。
父の戴冠式は、ダナティアの大神殿の中にある一番大きな聖堂で行われた。祭壇の前に立つ神官の前に父が跪き、大神官から大小様様な色の宝石が散りばめられた王冠を授けられる。目をつむれば、その日のことをありありと思い出せる。
王冠をかぶせられた父が立ち上がると、大神官は王権の象徴である、鹿の角を柄とした抜き身の剣と、鋭く削った金剛石の刃の槍を父に渡した。父は右手に持った剣と左手に持った槍を一度高く掲げると、胸の前で腕を十字に組み、聖堂一杯に集まったダナーン族の主だった貴族や高位の神官の方に向き直った。すると、新しい王の御代の始まりに、聖堂一杯に歓声が湧いた。人人の歓喜のなか堂堂と立つ父の姿は、地母神ダナティアに守護されたダナーン族の頂点に君臨する者にふさわしく、幼いクローディアの目には神神しく映った。
その翌日、クローディアは父の御代を支える巫女としてひっそりと神殿に入った。
住み慣れた王宮を出て、父と母と離れての暮らしは最初、心細いものだった。
だが、従兄弟のフェルナンは暇を見つけては神殿を訪れてくれたし、侍女たちもよくクローディアに仕えてくれた。特に乳母のドロテは、クローディアのことをよく気にかけ、神殿に来た当初はクローディアが寝付くまで、寝台の横に座って手を握っていてくれた。
「――ドロテ……」
クローディアは目をつむったまま暗闇に呼びかける。しかし、あの幼い日のように、低く落ち着いた声は応えてくれない。
クローディアはドロテがしてくれたように、自分で自分の手を握ってみた。ひんやりとした自分の指先を感じるだけで、幼いあの日のように、心の底の寂しさを癒すぬくもりは得られなかった。
「もういやよドロテ。私もドロテのところへ行きたい……」
ドロテはクローディアが十五の時に、腹にできた出来物のせいで死んだ。ダナーンの滅亡を見なかった彼女は幸せだと思う。だがもし、ドロテが今もクローディアの側にいてくれたら、クローディアの手をそっと握り、あの懐かしい、低く落ち着いた声でクローディアの名を呼んで、クローディアの悲しみを慰めてくれたのだろうか。
きっとそうだ。
クローディアが母の胎からこの世に出てくる前に、ドロテはクローディアの乳母になると決まった。赤子の時からクローディアを育ててくれたドロテは、誰よりもクローディアのことを慈しみ大切にしてくれた。
「シリアナも私と同じなのかしら」
クローディアは目を開けた。暗闇ばかりと思っていたが、露台に続く、大きな両開きの窓からは月明かりが白白と差し込み、乱れた寝台の上に深く蒼い影を落としていた。
それは、ダルバード帝国皇帝レオンスに組み敷かれた時にできた情欲の痕だ。
クローディアは腕を伸ばし、手の届く範囲だけでもと敷布の皺を広げる。
寝具は絹でできていた。絹の滑らかな肌触りは、ささくれ立つクローディアの気持ちとは正反対で、クローディアの心を落ち着かなくさせる。
かと言って今、自分の体を抱きしめれば、素肌に触れる人の手の感触に、ダルバード帝国皇帝レオンスに抱かれた時のことを思い出す。
クローディアはぎゅっと拳を握りしめ、首を振る。
クローディアが泣いても叫んでも、ダルバード帝国皇帝レオンスは、節ばって、枯れ枝のように乾燥した醜い手をクローディアの方に伸ばしてきた。クローディアを寝台の上に組み敷き、腰ひもで固定しただけの、前合わせになっているクローディアの夜着をはだけて、熱く禍禍しい塊をクローディアの足の付け根の間に突き立てた。
クローディアが抵抗しようとすればダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの太ももを内側から掴んで大きく足を広げさせ、自分の腰をさらに深く、クローディアの足の間に密着させる。そして、クローディアの両脚を自分の肩にやすやすとかけてしまうと、クローディアの夜着から奪い取った腰ひもで、クローディアの両手首を縛りあげ、クローディアの自由を奪う。
荒い息を吐きながら、腰を前後に何度も振って、クローディアの胎に打ち込んだ楔で、クローディアのことを翻弄する。
クローディアが逃げようとすれば、ダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの細い腰を掴んで引き寄せる。そして罰でも与えるように、クローディアの胎に自身の高ぶりを何度も何度も叩きつけ、最後には、あの男自身の欲望をクローディアの奥に解き放つのだ。
ダルバード帝国皇帝レオンスの熱く熟れた先端が、クローディアの一番深い場所にはまり込んだ時、クローディアはいつも、うっ、と小さくうめき声を漏らす。
ダルバード帝国皇帝レオンスに無理やり押入られ、無茶苦茶に体を揺さぶられ、行為の最初は痛みしか感じない。だが、男の荒々しさに体が馴染んできた頃、その瞬間がおとずれると、雷鳴に照らされたかの急速さで、白い快感が背中を駆け抜け脳天まで突き抜ける。すると無意識に、クローディアの胎がきゅっとしまる。ダルバード帝国皇帝レオンスが腰をわずかにでも退くと、その快感はすっとクローディアの身体から消えていき、胎に入り込んだままのダルバード帝国皇帝レオンスの自身の凶暴な大きさを、クローディアの女の部分ではっきりと感じる。
するとダルバード帝国皇帝レオンスは笑うのだ。ジブリアンに見せたらどう思うかな、と。
その度にクローディアは首を振る。ジブリアン様はこんな無体な真似はしないと。
すると、ダルバード帝国皇帝レオンスは喉の奥から低い獣じみた笑い声を上げて言う。どんなに澄ました顔をしていても男は男、一皮むけば女相手に欲することは同じだと。
その度に涙を流してクローディアは首を振る。ジブリアン様は違うのだと。
シリアナも同じなのだろうか。
シリアナは今日の朝、マリウスと結婚したのだと侍女のセリアから聞いた。
そのことを告げた時セリアは、黄金の獅子様の妻になれるなんてなんて幸運な方なのでしょうね、と頬を紅潮させて言った。
だがクローディアはマリウスのことが嫌いだった。
ダナティアから帝国へと向かう途中、毎夜のようにジブリアンとマリウスの二人は、クローディアとシリアナが囚われていた天幕に訪れた。ジブリアンの優しく穏やかな眼差しに包まれるのを感じた時、クローディアの胸は高鳴った。そして、ジブリアンの細く優美な腕に抱き寄せられた時、クローディアの胸には生まれて初めて感じる、柔らかな羽毛で肌をくすぐられた時のようにこそばゆい、それでいてどこか懐かしいような、心踊る歓びが訪れた。
ジブリアンの胸の中に閉じ込められて交わした口づけはやさしく、クローディアに愛を与えるものであった。
だがマリウスには怖いという印象しかない。
マリウスの物腰は常に隙がなく、暁の空の色にも似た深い菫色の瞳が、静かに、けれども油断なくあたりを見すえていた。天幕の中でマリウスと視線が合った時、獲物を狙う肉食獣の鋭い視線にとらえられた小動物になったような気がして、クローディアは慌てて視線をそらした。
黄金の獅子というのは言い得て妙だと思う。男の鋭く抜け目ない視線は猫科の大型獣を思わせる。獣のような男。それがクローディアのマリウスに対する感想だった。
シリアナは彼の妻にさせられたのか、可哀想に。同情が湧き上がる。
だが、光輝くダナーン族とは違う、蛮族の娘であれば、獣相手の婚姻であっても歓びを感じるのかもしれない。今晩彼女は、クローディアが毎夜レオンスに強要されているこの獣じみた行為を嬉嬉として受け入れ、マリウスのもたらした暴力に快楽を感じたのかもしれない。
きっとそうだ。そうでなければならない。バレ王家の最後の一人であるクローディアと同じ苦しみを、蛮族の娘が共有しているとは思いたくなかった。
国を滅ぼされ、愛する男性と引き離され、不幸になるのは自分一人でいい。誰にもこの悲しみを理解されたくない。
クローディアは拳を強く握った。と、その時、ゆっくりと寝室の扉が開いた。
クローディアは反射的に寝台の上に体を起こし、肌掛布団を体にまきつけ扉の方を見た。胎から、ダルバード帝国皇帝レオンスの残滓が伝い落ちて顔をしかめた。
背の高い人影が、するりと滑り込むように部屋の中に入ってくる。
ダルバード帝国皇帝レオンスが戻ってきたのか。自らの熱をクローディアの胎に解放した後は、すぐに部屋から出て行って、今まで一度も戻ってきたことはないと言うのに。
人影を見すえたまま、クローディアは胸元の肌掛布団を強く握り、身を固くした。
人影は後ろ手に素早く扉をしめると、足音も立てずにゆっくりとクローディアのところまで歩み寄ってくる。
嫌だ、とは思うが、悲鳴は喉に張り付いて声にならない。
男が近づくにつれ胸の鼓動が早くなり、胸が苦しくなる。
新鮮な空気を求めて喉がわななきはじめる。
喉元を片手で抑え、ひっぃ、ひっぃ、と短い呼吸を何度も繰り返す。
「クローディア」
ダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの名を呼ばない。それに小さくともよく透る凛と涼やかなその声は、不快にざらざらとこすれたダルバード帝国皇帝レオンスの嗄声とは違うものだった。
「はぁっ、あっ」
クローディアは男の名を呼ぼうとしたが、空気を吸い込もうとひくつくばかりの喉では声がでない。空気の足りない胸が痛む。それを抑えるように少し前かがみになると、クローディアは男に向かって腕を伸ばした。
「大丈夫。大丈夫です。クローディア」
男は寝台に片脚を乗り上げると、クローディアの左手に自らの指を絡めた。
つなぎあった指先から暖かさが伝わってくる。
「ひぃ、ぃ」
クローディアの大きな鳶色の瞳から、涙が溢れる。
「――なんて、無残な……」
男は言うと、クローディアの体を強くかき抱いた。
やっと、会えた。クローディアは、左腕を男の背にまわした。
月が一度満ち欠けするには足りないが、一度満ちた月が、半分以上欠けるほどの時間は過ぎた。
クローディアの肩にかかる、豊かな亜麻色の髪に顔をうずめた男が、思いっきり息を吸った。
「あぁ、貴女です」
吐き出す息とともに、感極まった声で男が言った。
「クローディア、ゆっくりと息を吸ってください」
男はクローディアの体を放すと隣にきて、クローディアの背を大きく上下になでながら言った。
「はぁっ、あっ」
苦しい。胸が痛む。胸郭がひどく狭まっていて、いくら息を吸っても胸の奥に入ってこない。まるで水中におしこまれてしまったかのようだ。ゆっくりと意識が薄れる。このまま死んでしまうのではないか。そんな不安がクローディアの脳裏をよぎる。
「そう、大丈夫です。次はゆっくりと吐いてください」
無理だとは思ったが、遠くから聞こえるジブリアンの声にしたがい、息を吐き出す。
「そう、上手です。次は息を吸ってください」
ジブリアンに言われて息を吸う。さっきよりもほんの少しだけ、胸の奥まで空気が入ってくる。
「そう、大丈夫です。落ち着いて、次は吐いてください」
ジブリアンの声に合わせて、呼吸をする。幾度かそれをくり返す内に、クローディアの息づかいは普段通りになった。
「ジブリアン様、どうしてここへ?」
寵妃の寝室へ入れるのは、皇帝のみだ。クローディアは、ずり落ちかけていた肌掛布団を体に巻きなおし、肌掛布団が落ちてしまわないように左手でおさえなおすと、隣に座るジブリアンに訊いた。
後宮という言葉には、皇帝の私的空間という程度の意味しかなく、男子禁制というわけではない。皇帝が政務をおこなうセレスト宮や官吏が行政をおこなう外殿がある前庭は男たちの世界だ。それとは反対に後宮は、女官と呼ばれる中流貴族以上の子女たちによって維持・管理されていた。
寵妃はそこに、宮と呼ばれる屋敷を与えられ生活する。
寵妃たちの応接室は、彼女たち招かれさえすれば誰でも自由に出入りができる。そこには、画家や音楽家や吟遊詩人など様様な人人が出入りし、会話を楽しむ。応接室が盛り上がれば、それに興味を持った皇帝が訪れ、寵愛を受けるきっかけとなる。応接室を盛り上げるのは寵妃たちの義務とされていた。だが、皇室の血統を守るため、寵妃の私室への出入りは女官や近衛兵によって厳しく制限されていた。
「私は後宮で育ちました。抜け道も幾つか知っています。貴女の部屋に忍び込むのは容易いことです。貴女と別れたその日から、貴女に会いたいとただそれだけを望んでいました。その望みのままに、貴女の面影を求め、私はここへ来てしまいました。クローディア、私の愛の女神、常春の人。私の心はいついかなる時も、貴女の下に捧げられています」
言ってジブリアンが、クローディアの右手を握る。
クローディアは首を振って、ジブリアンに握られた手を退き膝の上においた。
「いけません。ジブリアン様。私はもう、貴方様に愛される資格はございません」
クローディアは腰をひねって、ジブリアンがいるのとは反対側に顔をむけた。するとクローディアの胎から、まだ残っていた男の欲望がこぼれ出す。男の吐き出した白濁によって、秘所が濡れているのを感じる。
神殿の奥でクローディアは育った。そこでは外界との接触は最低限に保たれ、身の回りには侍女や神殿につかえる女官たちしかいなかった。訪れる男性は王族か神官のみだったが、クローディアには常に礼を持って接していた。男女が褥で何をするのか教えてくれる人はいなかったし、知る必要もなかった。そんなクローディアにとって、初めての晩は衝撃的だった。ダルバード帝国皇帝レオンスがクローディアの宮を訪れる前、セリアはただ、皇帝陛下にすべて任せれば、万事滞りなく進むからとしか言わなかった。だがダルバード帝国皇帝レオンスは酷かった。クローディアが自分でも、自分の体にそんな場所があるとは知らなかった場所を無理やり暴き、クローディアの体に男の欲望を乱暴に叩きつけた。翌朝、セリアが部屋に顔を見せるなり、クローディアは彼女に抱きつき、わっ、と泣いた。泣きじゃくるクローディアの背をなでながらセリアは、これが子を成すための行為であること、そして皇帝陛下の寵愛を頂戴できるのは、とても名誉なことだっと言った
「父上に、強要されたことを言っているのですか?」
目を伏せて、クローディアは頷く。
「私の体は穢されました。ジブリアン様のそばにいるにはふさわしくありません」
「そんなことはありません、クローディア」
ジブリアンはクローディアの頬にそっと手をあて、自分の方を向かせた。
翠玉色の瞳が、窓辺から差し込む月明かりを反射して、深い森の奥にある、静かに水を湛えた湖面のような、濃い翠色に輝いている。ジブリアンは哀しく笑って、優しくクローディアのことを見ていた。
「これから昔話をします。どうか聴いてもらえますか?」
「はい」
クローディアは頷いた。
それを見て、クローディアの頬から手を下ろすと、ジブリアンは、昔、昔のことです、と語り出した。
ある国に、一人の王がいました。
王は幼馴染みでもあり、従姉妹でもある黒髪の美しい女性に恋をしていました。
女性もまた、兄のように慕っていたはずの王にいつしか恋心を抱くようになり、心を通わせた二人は、周囲の人人に祝福され結婚しました。
仲睦まじく過ごしていた二人の下にはすぐに、それはそれは珠のように美しい姫が生まれました。両親に愛され姫は健やかに育っていましたが、二人は国を継ぐ王子が欲しいと願っていました。
そんな二人の願いは数年後に叶えられました。王妃が男の子を生んだのです。
しかし元元体の弱かった王妃は王子を生んだ後、なかなか寝台から起きることができません。それどころか日に日に衰弱していき、食べることもままならず、王妃の命はいつまで持つかと、王妃を深く愛していた王は毎日とても心配していました。
そんな時王妃は自分の寝台の脇に、幼い頃から実の姉妹のように育った従姉妹でもあり、親友でもあった女性を呼び寄せ、次のように頼みました。「自分亡き後、王は国のため新しい妃を娶らねばならい。それは仕方のないことだと諦めている。だがその時、王子と姫が蔑ろにされては忍びない。どうか、次の王妃となり王子と姫を育ててくれないか」と。
王妃は知らないことだったのですが、親友には実は心に決めた人がいたのです。
ですが親友はそれを告げず、王妃の頼みを快諾しました。
王妃は死に、王は悲しみに沈みました。しかし王妃が王に遺した手紙には王子と姫の未来をいたく心配する王妃の心情が書いてありました。それを読んだ王は、王子と姫に対する王妃の深い愛情を知り、王妃の喪が明けるとすぐに、王妃の親友を次の王妃として迎え入れました。
新しい王妃の心は常に別れた恋人の下にありましたが、新しい王妃は前の王妃との約束を守って実の母のように、深い愛情をもって王子と姫を育てましました。
一人残されたのは新しい王妃の恋人です。
愛する人を奪われたと王と前の王妃を恨んでもよかったはずなのに、その男は親友との約束を大切にした恋人の心を慮り、愛する人のため国の平和と繁栄を祈ると誓い神官になり、遠くから恋人をささえることに決めたのです。
「とても哀しい、でも美しいお話ですね」
「ええ。物語とはいつも美しいものです。でもその背後に残酷な現実が隠されています」
それは、とクローディアはジブリアンに続きを促す。
「これはすべて実話です。王とは私の父、最初の王妃は私の母、次の王妃が私の養母のことです。
父上は姉上のことは愛しています。ですが、最愛の女性の命を奪った私のことは憎んでいます。
私の養母は、三代前のオードラン公爵に嫁いだ私の大伯母の娘で、マリウスから見れば伯母にあたる女性です。養母は死に際の私の生母に頼まれたからではなく、家の都合で後宮に入れられました。
私の母方の祖母は先の皇帝の娘で、先の皇帝の腹違いの弟に嫁ぎました。私の祖父は王族ではありましたが後ろだてとなる外戚を持たず、権力からは遠ざけられていました。ですが祖母と母親を同じくする姉、先ほどの大伯母がオードラン公爵家に嫁いだことで、祖父にはオードラン公爵家との縁ができ、私の生母はオードラン公爵家の支援の下、後宮に入りました。実母が死んで焦ったのはオードラン家です。私は生まれたばかりで、今後私が育たなければ、オードラン公爵家が外戚として権勢を振るうことは難しい。そこでマリウスの祖父でもあった同時のオードラン公爵は、次の王子を生むこと期待して自分の娘を後宮に入れ、娘に私と姉の養育を任せました」
「神に仕えることを選んだ男の話は、嘘ですか?」
「いいえ。それが今の大神官様です。大神官様は私たち姉弟と養母によくしてくださいました。ですが父上は未だ私の生母のことを愛しているのでしょう。オードラン公爵家の手前、養母を大切にすることはあっても、一度も夜を共にしたことはありません。
養母と大神官様は、それが叶わぬと知りながら今も愛し合っています。
もちろん、肉欲をともなわないその愛は美しいものです。
ですが私は憶えています。夕日の差し込む部屋の中で養母が一人、大神官様からいただいた時候の挨拶が書かれた手紙を胸に抱いて涙を流していた様子を。
私は愛する貴女にそんな寂しい思いをさせるのは耐えられません。
側室を家臣に下すのはよくあることです。父上はファズムの土地を狙っている。いずれまた戦が訪れるでしょう。その時にきっと手柄を立ててみせます。そして今回のマリウスのように、父上に貴女を下さるように頼みます。
だからそれまで待っていてくれますか? 愛しいクローディア」
はい、とクローディアは頷く。
「あぁ、ありがとうございます。クローディア」
ジブリアンは感極まって言い、クローディアの華奢な体を肌掛布団の上から抱きしめた。
ファズム王ベランジュは、長椅子の上に横になり、脚を肘掛にかけて行儀悪く長椅子の外に投げ出し、大陸各地に潜ませている手の者から早馬でもたらされた書簡を読んでいた。それを読み終えると、ふん、と鼻を鳴らして手にしていた書簡を床に放った。
予想はしていたが、やはりダナーン聖公国はダルバード帝国に負けた。
マズリー河沿いに広がる肥沃な土地は帝国に渡ったが、戦の後処理には時間がかかる。領主をおき、帝国へ納める税を集める租税官を派遣してと、そこを支配するために制度を整えねばならない。
帝国はダナーンの地を治めるものの一員として、シラールの民を入れることを考えているに違いない。彼らの戦闘力、そして良馬を育てる技術はかなりのものだ。
今後も帝国が領土拡大を続けるなら、騎馬は多く優秀な方がいい。
だが、独立独歩の気質をもつシラールの民は、穀物の多くとれるダナーンの地を餌にしても、すぐには帝国に従わないだろう。混乱に乗じて攻め入り、その一部を自らのものにしようとする部族が多く現れるに違いない。
しかし帝国は強い。一時的にはダナーンの地の北部地域の一部はシラールの民に渡るかもしれないが、最終的には帝国が勝利を収め、皇帝の寛大な措置によってシラールの民は帝国領土内に定住し、皇帝に良質な軍馬と高い戦闘力を持った兵を提供することだろう。五年、否、早ければ三年の内に帝国は、ダナーンの地に支配権を確立しファズムに攻めてくる。
巫女から授かる神託などあやふやなものではなく、ここ数十年の帝国のやり方から導き出される未来予想だ。
帝国の目的はこの国に眠る鉄だ。
ファズムでは古くから鉄鉱石が採れた。それを利用して農機具をつくり、民は土地を耕して生活してきた。と同時に王族は、祭祀と呪術を利用し国を支配してきた。ファズムに侵攻すれば呪われると、呪術が他国を恐れさせ、ファズムに手を出すことをためらわせてきた。
だが帝国では学問が進み、呪術など信じるものはいないと言う。
それに数百年ほど前、ダナーン族がファズムの信仰する地母神を神殿に閉じ込めて以来、ファズムの王族と地母神との関係は弱まり、かつて王族のみがつかえたという大がかりな呪術は、ほとんど使うことはできなくなった。
帝国は必ずファズムに攻めてくる。
どうするかなどと考えるまでもない。この地を守る義務がファズムの国王であり、最高祭司でもあるベランジュにはある。戦になればファズムは負ける。戦になる前に帝国の進撃をとめられればそれでよい。そのためには帝国内部に騒乱を起こせばよいが準備が必要だ。情報を集めなければならない。手の者たちを多く帝国内に配さなければ。
「面倒だ」
ベランジュはつぶやく。呪術の力のみで国を守れた時代の王たちが羨ましい。
ベランジュの向かいの壁の中央には、無花果の大木の絵を織り込んだ、天井から壁までを覆う正方形の綴織がかけられていた。その向こうからこつこつと壁を叩く音がする。
「入れ」
ベランジュが言うと、古い扉を開けるときのような、きぃっ、と軋んだ音がした。
続いて綴織の端を片手ではねのけ、黒に近い濃い茶色の麻の外套を頭からすっぽりとかぶった、小柄な人物が入ってきた。その人物は綴織の前に立つと、頭巾を両手で後ろに下ろした。女の顔が表れる。激しく燃える炎の色をした波立つ豊かな赤毛が、女の肩にこぼれ落ちていた。
「舞姫か。どうだった?」
ベランジュは肘掛から足を下ろすと、長椅子の上に体を起こした。
「はい。ご報告いたします」
女はその場に片膝をついて頭をたれた。
「バレ王家のものはみな帝国によって殺されましたが、ダナーン聖公国の最後の王エルネストの長女が一人生き残り、帝国の後宮に納められたそうです」
「王女は確か、神殿の巫女だったな。美しいのか?」
「美の女神が嫉妬するかのような美しい顔立ち、大きな鳶色の瞳は顔からこぼれ落んばかり、亜麻色の髪が白皙の頬を覆い、子鹿のように華奢な体躯。噂によればそのようです」
「皇帝はその娘の色香に迷わされたか」
「いいえ、その娘と恋に落ちたのは、第一皇子のジブリアンだそうです。ジブリアンはダナーンの第一王女を自分の妻にと望んだそうですが、ジブリアンに対する嫌がらせのように、皇帝はダナーンの第一王女を自分のものとしたそうです」
「皇帝と第一皇子の仲は悪いと帝国の都から遠く離れたファズムにまで漏れ聞こえてきている。それは本当か?」
「黒き狼が傭兵としてこの度のダナティア攻めに参加いたしましたが、その間皇子のジブリアンは戦に怯え、自身に与えられた天幕から出ることはなかったとか。皇子は武術より学問に詩、物語や絵画を好むそうです。武力が重んじられるダルバード帝国にあって、それが皇帝は気に入らないと聞いています」
ふうん、とベランジュは鼻を鳴らした。
「帝国の現状ははわかった。それより黒き狼はどうした? お前とともに戻るはずではなかったのか? なぜここに報告にあらわれない」
「長老が帝国の都へ行き、そこで帝国の政情を見極めるのがよいだろうと。それに……」
女は言いにくそうに口ごもる。
ベランジュは頭を下げたままの女を見つめ、話を続けるのをじっと待つ。
「かつての婚約者が、ダナティアから逃げ延びたのではないかと。それを探し出すと言っていました」
「婚約者ぁ?」
ベランジュの口から、思わず気の抜けた妙な声がでる。
「奴はシラールの民の出だろ。それがどうして、昔の婚約者がダナーンにいる」
「自らの部族が滅びた時、黒き狼の婚約者は、ダナーン族の父の実家を頼って逃げ延びたそうです。それがどこかで生きていて、不憫な状況にあるのであれば、見つけて助け出したいと言っていました」
「奴はファズムの目になるのが、どういう意味かわかっているのか?」
「ダナーンの奴隷市で長老に買われ、黒き狼がファズムの目となってから二年と経っていません。黒き狼が王のために勤めを行うのは今回が初めてです。黒き狼はまだ何の道理もわきまえていないのでしょう」
「まあいい、役に立たねば処分するだけだ。過越の宵の生贄くらいにならなるだろう。それより舞姫、ここへ来い。褒美をやろう」
「はい」
女は立ち上がると、おずおずと言った様子で、左右の肩を不安定に揺らしながら、ベランジュが座る長椅子の前までくる。
「何をするかはわかっているな。リリュイ」
女の顔を見上げて、ベランジュは問う。
まだ少女と言ってもよいほどの年頃の娘は頷いた。
「はじめろ」
ベランジュは短く命令する。
娘はその場に両膝をついた。娘に我が王と呼びかけられ、ベランジュは脚を広げた。
娘はいざって寄り、ベランジュの広げた脚の間に体を落ち着ける。娘はその場にぺたりと座りこんだ。
ベランジュは黒すぐり色をした深い紫色の法衣を着ていた。前を合わせ、腰紐でとめた法衣は、ベランジュの足元まで覆っている。
娘は、腰紐の下から法衣の前をくつろげる。娘が下穿きごと、ベランジュのゆったりとした袴を下ろそうとしたので、少し腰を上げて協力してやる。
袴がすとんと足首のところまで落ちる。ベランジュは履物ごと、袴から脚を抜き出した。
足で蹴って、袴を脇にどかす。
大切な部分が外気にさらされ心もとない。
「我が王」
娘がベランジュの膝頭に手をそえ見上げている。
娘の翠色の瞳は、この先にある快楽を予想してすでに潤んでいる。
この娘に恋心と肉欲を教えたのはベランジュだ。ベランジュの望むことをこの娘は知っている。
「歯は立てるな」
「はい」
娘は頷き、ごくりと唾を飲み込む。
娘は両手でまだ小さなベランジュ自身を茂みから探りだすと、ゆっくりと口に含む。
娘の口腔の暖かさと、膣の中とは違うさらりとした粘液に一番敏感な箇所を覆われ、思わず身震いする。
娘は右手を再びベランジュの膝頭に当て、ベランジュにさらに脚を開かせる。
娘はベランジュが教えた通りに、まだ小さな陰茎を舌で転がしながら優しく舐める。
娘の左手が下からすくい上げるようにベランジュの陰嚢をそっと包み込み、指先で軽くなでるように触れる。ベランジュは小さく身震いした。
ベランジュの脚の間で、娘の頭が小刻みに揺れている。
「リリュイ」
ベランジュは娘の名を呼んでやる。
呼びかけに応えて、娘が顔を上げる。
娘のふっくらと膨らんだ薄紅色の唇が、吸いきれなかった唾液で濡れている。
ベランジュは娘の頬に手をそえると、よくやっているとでも言うように、自身の雄をくわえている娘の湿った上唇を親指でなでた。
それに感じたのか、娘が少し目を細めて、うっ、と小さくくぐもった声を漏らすと、唇にほんの少し力が加わって、ベランジュ自身の根元のを刺激する。
腰の辺りにこらえきれなかった快楽がたまり、雄芯に熱が集まる。
ベランジュは両手を娘の頭の上におく。上体を少しそらして、肩の少し下の辺りを背もたれにのせる。
娘が左手で、服の上からベランジュの腰と臀部の境目を優しくなでるように触る。
そわそわと落ち着かない感覚が、腰のあたりの除除にたまってくる。
ベランジュの雄が大きく育つ。ベランジュの怒張をくわえきれなくなった娘は、口からはみ出した下の部分を右手でそっと握る。娘の手の冷やりとした感触に、ベランジュは一瞬総毛立つ。
娘は、根元の部分を右手でゆっくりと上下に動かす。
口腔に収めたままの先端の張り出した部分を、娘は器用に舌を使って左回りにひと舐め、右回りにひと舐めする。ざらりとした舌の感触が一番敏感な部分に触って、ベランジュは思わずうめき声を漏らす。
娘は舌を先端の割れ目に差し込んで、思いっきり吸い上げる。
身体中の熱の集まったその場所から、根こそぎすべてを持って行かれるような感覚がたまらない。
ベランジュは娘の頭を両脇からつかむと、根元に向かって押し付ける。
ベランジュの先端が娘の喉に当たった。
娘の左手がベランジュの衣服を強く握った。
「うっぐぅっ」
娘の喉からえずいた時のような声がもれて、娘の頭が下に押し付けるベランジュの力に反発する。
「もう、いい」
ベランジュは言い、娘の頭から手をどかす。
肉厚な唇がきゅっとしまり、ベランジュの分身に刺激を与える。ベランジュの雄を汚した自身の唾液をぬぐうようにしながら、娘の頭が離れていく。
娘の唾液にまみれた熱塊は、外気の冷たさを敏感に感じる。ランジュは思わず身震いした。娘の努力によって、ベランジュの欲望はベランジュの腹の前に、大きくそそり立っていた。
「わかるな」
ベランジュの広げた脚の間にぺたんと座り込み、潤んだ瞳でこちらを見上げる娘に訊く。
娘はこくりと頷き立ち上がると、一歩後ろに下がる。
娘は、胸のあたりで外套の前を止めていた紐をほどき、外套をその場に落とす。
娘は染めのない、薄い茶色の麻でできたくるぶしまである貫頭衣を着、細い腰に手の幅ほどはある革製の帯を巻いていた。
この先にあるものをベランジュは知っている。
娘は腰をまげると、少し恥じらいながら手早く下履きを脱ぐ。
「来い」
ベランジュは長椅子の背もたれに両腕をのせて言う。
娘は頷き、こちらに歩いてくる。
ベランジュは広げていた脚を閉じる。
娘は腿のあたりで、貫頭衣の前身頃の部分をぎゅっと両手でつかむ。そのまま貫頭衣の裾を両手で膝の上まで上げて、ベランジュの脚を跨いだ。
「はじめろ」
娘はベランジュの肩に両手をおき、ゆっくりと腰を下ろす。娘の濡れた花唇に、ベランジュの先端が触れる。娘はそのまま蜜壺にベランジュを飲み込もうとするが、ほぐしていない入り口は固く、ベランジュの雄芯は花唇の間をするりとすべってしまう。
娘は一旦後ろに退き、片手でベランジュの欲望をそっと掴む。貫頭衣の裾を持ち上げ、再びベランジュの脚をまたぐと、ベランジュの欲望に添えた手で、熱く滾ったベランジュを自身の蜜壺に導きながら、慎重に腰を下ろす。
ベランジュの一番敏感な部分が娘の濡れた入り口に触れ、ベランジュは思わず漏れそうになったうめき声をこらえ、眉間に力を入れる。
娘はベランジュの欲望から手を離す。両手をベランジュの肩に置き、ゆっくりと腰を落とし、ベランジュの雄芯を、ほどよく湿った柔らかな襞の中に飲み込もうとする。
早く、快楽が欲しい。
ベランジュは娘の細い腰を両手で掴むと、一気に自身の下腹部に向かって一気に引き寄せた。
「あぁっ」
娘が喉をそらして叫ぶ。ベランジュの両肩に置かれた手に力が入り、娘の胎内が一瞬で収縮する。大切な部分を熱を孕んだ弾力のある壁に圧され、ベランジュは思わずうめき声をあげる。
娘にみっともないところは見せたくない。
「リリュイ、いくぞ」
ベランジュは娘に声をかける。娘は音を立てて唾を飲み込み、ベランジュに頷く。
娘は様子をうかがうように、ゆっくりと腰を上げる。
ざらざらとした娘の膣壁がベランジュの雄をこすり、ぞろりと快楽がベランジュの背筋を這い上がる。
だが、この程度では物足りない。
まだ、半分ほど娘の中に埋まっている状態で、ベランジュは娘の細い腰を両手で引き寄せる。
「はうっ」
娘が喉をそらして、喘ぎ声を上げる。
ベランジュの前に、娘の白い喉が無防備にさらされる。
ベランジュは娘の喉元に噛みついた。
「っひやぁ」
娘が悲鳴を上げる。ベランジュはそれを無視して、首筋から肩口まで肌理の細かい娘の柔肌を舐め上げた。
娘は体を震わし、ベランジュの肩を強く握った。
胎内の締めつけが強くなる。
ベランジュは小さくうめいて、両手で娘の腰を持ち上げた。娘の体が、ベランジュの求めに応じて素直に動く。娘の腰を引き寄せ、さらに奥深くに先端を押し付けた。こりりと硬い部分がベランジュの先端に当たる。娘の膣に力が入り、さらに奥に導くようにきゅっとせばまる。ベランジュは娘の一番深い場所に自身を押し付けた。
「っぁ」
娘の口の端から、喘ぎ声ともため息ともつかない音が漏れる。
ベランジュは娘の肩口に噛みつき、精を放った。
ダナーンからダルバード帝国に連れられてくるときに乗せられたのは、砂埃に薄汚れた幌のかかった粗末な荷馬車だった。人が乗ることは考えられていない、荷台と車軸が直接繋がれた馬車は、地面からの衝撃が直に伝わりひどく揺れた。それでもバレ王家最後の生き残りとして威厳をたもつため、揺れに体をまかせず、なんとか姿勢を正しているようにした。そのためには、体の慣れない部分を酷使しなければならなかったが、まるでその時のように体が痛む。
特に腹の奥の方と、太ももの付け根あたりが痛い。
身体中に残る気だるい痛み。それを認識するにしたがって、クローディアの意識はゆっくりと覚醒を始める。
クローディアはいつもの癖で、くっと体全体を軽く伸ばした。すると、とろりと胎の中からねばっこい液体が流れ出す。
「あぁっ……」
一人で寝るには広い寝台の上に仰向けに横たわったまま、クローディアは両手で顔を覆って、うめき声を漏らした。
なぜ、ここにいるのか。
敗戦国の王女としてダルバードに連れ去られ、祖国を滅ぼした憎い男に陵辱されたのだ。
クローディアは目を開け、ゆっくりと顔から手を離す。
昨晩意識を失う前には、寝台の横の小卓の上に置かれた燭台の蝋燭には、明明と火がついていた。だが今、あたりは暗い。朝が来るまでにまだ時間があることを、ここ数日の経験からクローディアは知っている。朝、東の空が白み始めるまで、いつ終わるとも知れない眠れない時間が続くのだ。
クローディアは寝返を打ち体を横にすると背中を丸め、脚を腹につくまで曲げて両手で肩を抱いた。
クローディア裸体には薄い絹の肌掛布団がかけられていたが、クローディアの肌は冷え切っていた。指の先まで血が巡っていない。そのせいか、肩を抱く指先に力を入れてみても、どこか他人のもののように感じた。
クローディアの未来は、こんなはずではなかったのに。
父がダナーンの王となったのは、クローディアが六つになった時だった。
父の戴冠式は、ダナティアの大神殿の中にある一番大きな聖堂で行われた。祭壇の前に立つ神官の前に父が跪き、大神官から大小様様な色の宝石が散りばめられた王冠を授けられる。目をつむれば、その日のことをありありと思い出せる。
王冠をかぶせられた父が立ち上がると、大神官は王権の象徴である、鹿の角を柄とした抜き身の剣と、鋭く削った金剛石の刃の槍を父に渡した。父は右手に持った剣と左手に持った槍を一度高く掲げると、胸の前で腕を十字に組み、聖堂一杯に集まったダナーン族の主だった貴族や高位の神官の方に向き直った。すると、新しい王の御代の始まりに、聖堂一杯に歓声が湧いた。人人の歓喜のなか堂堂と立つ父の姿は、地母神ダナティアに守護されたダナーン族の頂点に君臨する者にふさわしく、幼いクローディアの目には神神しく映った。
その翌日、クローディアは父の御代を支える巫女としてひっそりと神殿に入った。
住み慣れた王宮を出て、父と母と離れての暮らしは最初、心細いものだった。
だが、従兄弟のフェルナンは暇を見つけては神殿を訪れてくれたし、侍女たちもよくクローディアに仕えてくれた。特に乳母のドロテは、クローディアのことをよく気にかけ、神殿に来た当初はクローディアが寝付くまで、寝台の横に座って手を握っていてくれた。
「――ドロテ……」
クローディアは目をつむったまま暗闇に呼びかける。しかし、あの幼い日のように、低く落ち着いた声は応えてくれない。
クローディアはドロテがしてくれたように、自分で自分の手を握ってみた。ひんやりとした自分の指先を感じるだけで、幼いあの日のように、心の底の寂しさを癒すぬくもりは得られなかった。
「もういやよドロテ。私もドロテのところへ行きたい……」
ドロテはクローディアが十五の時に、腹にできた出来物のせいで死んだ。ダナーンの滅亡を見なかった彼女は幸せだと思う。だがもし、ドロテが今もクローディアの側にいてくれたら、クローディアの手をそっと握り、あの懐かしい、低く落ち着いた声でクローディアの名を呼んで、クローディアの悲しみを慰めてくれたのだろうか。
きっとそうだ。
クローディアが母の胎からこの世に出てくる前に、ドロテはクローディアの乳母になると決まった。赤子の時からクローディアを育ててくれたドロテは、誰よりもクローディアのことを慈しみ大切にしてくれた。
「シリアナも私と同じなのかしら」
クローディアは目を開けた。暗闇ばかりと思っていたが、露台に続く、大きな両開きの窓からは月明かりが白白と差し込み、乱れた寝台の上に深く蒼い影を落としていた。
それは、ダルバード帝国皇帝レオンスに組み敷かれた時にできた情欲の痕だ。
クローディアは腕を伸ばし、手の届く範囲だけでもと敷布の皺を広げる。
寝具は絹でできていた。絹の滑らかな肌触りは、ささくれ立つクローディアの気持ちとは正反対で、クローディアの心を落ち着かなくさせる。
かと言って今、自分の体を抱きしめれば、素肌に触れる人の手の感触に、ダルバード帝国皇帝レオンスに抱かれた時のことを思い出す。
クローディアはぎゅっと拳を握りしめ、首を振る。
クローディアが泣いても叫んでも、ダルバード帝国皇帝レオンスは、節ばって、枯れ枝のように乾燥した醜い手をクローディアの方に伸ばしてきた。クローディアを寝台の上に組み敷き、腰ひもで固定しただけの、前合わせになっているクローディアの夜着をはだけて、熱く禍禍しい塊をクローディアの足の付け根の間に突き立てた。
クローディアが抵抗しようとすればダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの太ももを内側から掴んで大きく足を広げさせ、自分の腰をさらに深く、クローディアの足の間に密着させる。そして、クローディアの両脚を自分の肩にやすやすとかけてしまうと、クローディアの夜着から奪い取った腰ひもで、クローディアの両手首を縛りあげ、クローディアの自由を奪う。
荒い息を吐きながら、腰を前後に何度も振って、クローディアの胎に打ち込んだ楔で、クローディアのことを翻弄する。
クローディアが逃げようとすれば、ダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの細い腰を掴んで引き寄せる。そして罰でも与えるように、クローディアの胎に自身の高ぶりを何度も何度も叩きつけ、最後には、あの男自身の欲望をクローディアの奥に解き放つのだ。
ダルバード帝国皇帝レオンスの熱く熟れた先端が、クローディアの一番深い場所にはまり込んだ時、クローディアはいつも、うっ、と小さくうめき声を漏らす。
ダルバード帝国皇帝レオンスに無理やり押入られ、無茶苦茶に体を揺さぶられ、行為の最初は痛みしか感じない。だが、男の荒々しさに体が馴染んできた頃、その瞬間がおとずれると、雷鳴に照らされたかの急速さで、白い快感が背中を駆け抜け脳天まで突き抜ける。すると無意識に、クローディアの胎がきゅっとしまる。ダルバード帝国皇帝レオンスが腰をわずかにでも退くと、その快感はすっとクローディアの身体から消えていき、胎に入り込んだままのダルバード帝国皇帝レオンスの自身の凶暴な大きさを、クローディアの女の部分ではっきりと感じる。
するとダルバード帝国皇帝レオンスは笑うのだ。ジブリアンに見せたらどう思うかな、と。
その度にクローディアは首を振る。ジブリアン様はこんな無体な真似はしないと。
すると、ダルバード帝国皇帝レオンスは喉の奥から低い獣じみた笑い声を上げて言う。どんなに澄ました顔をしていても男は男、一皮むけば女相手に欲することは同じだと。
その度に涙を流してクローディアは首を振る。ジブリアン様は違うのだと。
シリアナも同じなのだろうか。
シリアナは今日の朝、マリウスと結婚したのだと侍女のセリアから聞いた。
そのことを告げた時セリアは、黄金の獅子様の妻になれるなんてなんて幸運な方なのでしょうね、と頬を紅潮させて言った。
だがクローディアはマリウスのことが嫌いだった。
ダナティアから帝国へと向かう途中、毎夜のようにジブリアンとマリウスの二人は、クローディアとシリアナが囚われていた天幕に訪れた。ジブリアンの優しく穏やかな眼差しに包まれるのを感じた時、クローディアの胸は高鳴った。そして、ジブリアンの細く優美な腕に抱き寄せられた時、クローディアの胸には生まれて初めて感じる、柔らかな羽毛で肌をくすぐられた時のようにこそばゆい、それでいてどこか懐かしいような、心踊る歓びが訪れた。
ジブリアンの胸の中に閉じ込められて交わした口づけはやさしく、クローディアに愛を与えるものであった。
だがマリウスには怖いという印象しかない。
マリウスの物腰は常に隙がなく、暁の空の色にも似た深い菫色の瞳が、静かに、けれども油断なくあたりを見すえていた。天幕の中でマリウスと視線が合った時、獲物を狙う肉食獣の鋭い視線にとらえられた小動物になったような気がして、クローディアは慌てて視線をそらした。
黄金の獅子というのは言い得て妙だと思う。男の鋭く抜け目ない視線は猫科の大型獣を思わせる。獣のような男。それがクローディアのマリウスに対する感想だった。
シリアナは彼の妻にさせられたのか、可哀想に。同情が湧き上がる。
だが、光輝くダナーン族とは違う、蛮族の娘であれば、獣相手の婚姻であっても歓びを感じるのかもしれない。今晩彼女は、クローディアが毎夜レオンスに強要されているこの獣じみた行為を嬉嬉として受け入れ、マリウスのもたらした暴力に快楽を感じたのかもしれない。
きっとそうだ。そうでなければならない。バレ王家の最後の一人であるクローディアと同じ苦しみを、蛮族の娘が共有しているとは思いたくなかった。
国を滅ぼされ、愛する男性と引き離され、不幸になるのは自分一人でいい。誰にもこの悲しみを理解されたくない。
クローディアは拳を強く握った。と、その時、ゆっくりと寝室の扉が開いた。
クローディアは反射的に寝台の上に体を起こし、肌掛布団を体にまきつけ扉の方を見た。胎から、ダルバード帝国皇帝レオンスの残滓が伝い落ちて顔をしかめた。
背の高い人影が、するりと滑り込むように部屋の中に入ってくる。
ダルバード帝国皇帝レオンスが戻ってきたのか。自らの熱をクローディアの胎に解放した後は、すぐに部屋から出て行って、今まで一度も戻ってきたことはないと言うのに。
人影を見すえたまま、クローディアは胸元の肌掛布団を強く握り、身を固くした。
人影は後ろ手に素早く扉をしめると、足音も立てずにゆっくりとクローディアのところまで歩み寄ってくる。
嫌だ、とは思うが、悲鳴は喉に張り付いて声にならない。
男が近づくにつれ胸の鼓動が早くなり、胸が苦しくなる。
新鮮な空気を求めて喉がわななきはじめる。
喉元を片手で抑え、ひっぃ、ひっぃ、と短い呼吸を何度も繰り返す。
「クローディア」
ダルバード帝国皇帝レオンスは、クローディアの名を呼ばない。それに小さくともよく透る凛と涼やかなその声は、不快にざらざらとこすれたダルバード帝国皇帝レオンスの嗄声とは違うものだった。
「はぁっ、あっ」
クローディアは男の名を呼ぼうとしたが、空気を吸い込もうとひくつくばかりの喉では声がでない。空気の足りない胸が痛む。それを抑えるように少し前かがみになると、クローディアは男に向かって腕を伸ばした。
「大丈夫。大丈夫です。クローディア」
男は寝台に片脚を乗り上げると、クローディアの左手に自らの指を絡めた。
つなぎあった指先から暖かさが伝わってくる。
「ひぃ、ぃ」
クローディアの大きな鳶色の瞳から、涙が溢れる。
「――なんて、無残な……」
男は言うと、クローディアの体を強くかき抱いた。
やっと、会えた。クローディアは、左腕を男の背にまわした。
月が一度満ち欠けするには足りないが、一度満ちた月が、半分以上欠けるほどの時間は過ぎた。
クローディアの肩にかかる、豊かな亜麻色の髪に顔をうずめた男が、思いっきり息を吸った。
「あぁ、貴女です」
吐き出す息とともに、感極まった声で男が言った。
「クローディア、ゆっくりと息を吸ってください」
男はクローディアの体を放すと隣にきて、クローディアの背を大きく上下になでながら言った。
「はぁっ、あっ」
苦しい。胸が痛む。胸郭がひどく狭まっていて、いくら息を吸っても胸の奥に入ってこない。まるで水中におしこまれてしまったかのようだ。ゆっくりと意識が薄れる。このまま死んでしまうのではないか。そんな不安がクローディアの脳裏をよぎる。
「そう、大丈夫です。次はゆっくりと吐いてください」
無理だとは思ったが、遠くから聞こえるジブリアンの声にしたがい、息を吐き出す。
「そう、上手です。次は息を吸ってください」
ジブリアンに言われて息を吸う。さっきよりもほんの少しだけ、胸の奥まで空気が入ってくる。
「そう、大丈夫です。落ち着いて、次は吐いてください」
ジブリアンの声に合わせて、呼吸をする。幾度かそれをくり返す内に、クローディアの息づかいは普段通りになった。
「ジブリアン様、どうしてここへ?」
寵妃の寝室へ入れるのは、皇帝のみだ。クローディアは、ずり落ちかけていた肌掛布団を体に巻きなおし、肌掛布団が落ちてしまわないように左手でおさえなおすと、隣に座るジブリアンに訊いた。
後宮という言葉には、皇帝の私的空間という程度の意味しかなく、男子禁制というわけではない。皇帝が政務をおこなうセレスト宮や官吏が行政をおこなう外殿がある前庭は男たちの世界だ。それとは反対に後宮は、女官と呼ばれる中流貴族以上の子女たちによって維持・管理されていた。
寵妃はそこに、宮と呼ばれる屋敷を与えられ生活する。
寵妃たちの応接室は、彼女たち招かれさえすれば誰でも自由に出入りができる。そこには、画家や音楽家や吟遊詩人など様様な人人が出入りし、会話を楽しむ。応接室が盛り上がれば、それに興味を持った皇帝が訪れ、寵愛を受けるきっかけとなる。応接室を盛り上げるのは寵妃たちの義務とされていた。だが、皇室の血統を守るため、寵妃の私室への出入りは女官や近衛兵によって厳しく制限されていた。
「私は後宮で育ちました。抜け道も幾つか知っています。貴女の部屋に忍び込むのは容易いことです。貴女と別れたその日から、貴女に会いたいとただそれだけを望んでいました。その望みのままに、貴女の面影を求め、私はここへ来てしまいました。クローディア、私の愛の女神、常春の人。私の心はいついかなる時も、貴女の下に捧げられています」
言ってジブリアンが、クローディアの右手を握る。
クローディアは首を振って、ジブリアンに握られた手を退き膝の上においた。
「いけません。ジブリアン様。私はもう、貴方様に愛される資格はございません」
クローディアは腰をひねって、ジブリアンがいるのとは反対側に顔をむけた。するとクローディアの胎から、まだ残っていた男の欲望がこぼれ出す。男の吐き出した白濁によって、秘所が濡れているのを感じる。
神殿の奥でクローディアは育った。そこでは外界との接触は最低限に保たれ、身の回りには侍女や神殿につかえる女官たちしかいなかった。訪れる男性は王族か神官のみだったが、クローディアには常に礼を持って接していた。男女が褥で何をするのか教えてくれる人はいなかったし、知る必要もなかった。そんなクローディアにとって、初めての晩は衝撃的だった。ダルバード帝国皇帝レオンスがクローディアの宮を訪れる前、セリアはただ、皇帝陛下にすべて任せれば、万事滞りなく進むからとしか言わなかった。だがダルバード帝国皇帝レオンスは酷かった。クローディアが自分でも、自分の体にそんな場所があるとは知らなかった場所を無理やり暴き、クローディアの体に男の欲望を乱暴に叩きつけた。翌朝、セリアが部屋に顔を見せるなり、クローディアは彼女に抱きつき、わっ、と泣いた。泣きじゃくるクローディアの背をなでながらセリアは、これが子を成すための行為であること、そして皇帝陛下の寵愛を頂戴できるのは、とても名誉なことだっと言った
「父上に、強要されたことを言っているのですか?」
目を伏せて、クローディアは頷く。
「私の体は穢されました。ジブリアン様のそばにいるにはふさわしくありません」
「そんなことはありません、クローディア」
ジブリアンはクローディアの頬にそっと手をあて、自分の方を向かせた。
翠玉色の瞳が、窓辺から差し込む月明かりを反射して、深い森の奥にある、静かに水を湛えた湖面のような、濃い翠色に輝いている。ジブリアンは哀しく笑って、優しくクローディアのことを見ていた。
「これから昔話をします。どうか聴いてもらえますか?」
「はい」
クローディアは頷いた。
それを見て、クローディアの頬から手を下ろすと、ジブリアンは、昔、昔のことです、と語り出した。
ある国に、一人の王がいました。
王は幼馴染みでもあり、従姉妹でもある黒髪の美しい女性に恋をしていました。
女性もまた、兄のように慕っていたはずの王にいつしか恋心を抱くようになり、心を通わせた二人は、周囲の人人に祝福され結婚しました。
仲睦まじく過ごしていた二人の下にはすぐに、それはそれは珠のように美しい姫が生まれました。両親に愛され姫は健やかに育っていましたが、二人は国を継ぐ王子が欲しいと願っていました。
そんな二人の願いは数年後に叶えられました。王妃が男の子を生んだのです。
しかし元元体の弱かった王妃は王子を生んだ後、なかなか寝台から起きることができません。それどころか日に日に衰弱していき、食べることもままならず、王妃の命はいつまで持つかと、王妃を深く愛していた王は毎日とても心配していました。
そんな時王妃は自分の寝台の脇に、幼い頃から実の姉妹のように育った従姉妹でもあり、親友でもあった女性を呼び寄せ、次のように頼みました。「自分亡き後、王は国のため新しい妃を娶らねばならい。それは仕方のないことだと諦めている。だがその時、王子と姫が蔑ろにされては忍びない。どうか、次の王妃となり王子と姫を育ててくれないか」と。
王妃は知らないことだったのですが、親友には実は心に決めた人がいたのです。
ですが親友はそれを告げず、王妃の頼みを快諾しました。
王妃は死に、王は悲しみに沈みました。しかし王妃が王に遺した手紙には王子と姫の未来をいたく心配する王妃の心情が書いてありました。それを読んだ王は、王子と姫に対する王妃の深い愛情を知り、王妃の喪が明けるとすぐに、王妃の親友を次の王妃として迎え入れました。
新しい王妃の心は常に別れた恋人の下にありましたが、新しい王妃は前の王妃との約束を守って実の母のように、深い愛情をもって王子と姫を育てましました。
一人残されたのは新しい王妃の恋人です。
愛する人を奪われたと王と前の王妃を恨んでもよかったはずなのに、その男は親友との約束を大切にした恋人の心を慮り、愛する人のため国の平和と繁栄を祈ると誓い神官になり、遠くから恋人をささえることに決めたのです。
「とても哀しい、でも美しいお話ですね」
「ええ。物語とはいつも美しいものです。でもその背後に残酷な現実が隠されています」
それは、とクローディアはジブリアンに続きを促す。
「これはすべて実話です。王とは私の父、最初の王妃は私の母、次の王妃が私の養母のことです。
父上は姉上のことは愛しています。ですが、最愛の女性の命を奪った私のことは憎んでいます。
私の養母は、三代前のオードラン公爵に嫁いだ私の大伯母の娘で、マリウスから見れば伯母にあたる女性です。養母は死に際の私の生母に頼まれたからではなく、家の都合で後宮に入れられました。
私の母方の祖母は先の皇帝の娘で、先の皇帝の腹違いの弟に嫁ぎました。私の祖父は王族ではありましたが後ろだてとなる外戚を持たず、権力からは遠ざけられていました。ですが祖母と母親を同じくする姉、先ほどの大伯母がオードラン公爵家に嫁いだことで、祖父にはオードラン公爵家との縁ができ、私の生母はオードラン公爵家の支援の下、後宮に入りました。実母が死んで焦ったのはオードラン家です。私は生まれたばかりで、今後私が育たなければ、オードラン公爵家が外戚として権勢を振るうことは難しい。そこでマリウスの祖父でもあった同時のオードラン公爵は、次の王子を生むこと期待して自分の娘を後宮に入れ、娘に私と姉の養育を任せました」
「神に仕えることを選んだ男の話は、嘘ですか?」
「いいえ。それが今の大神官様です。大神官様は私たち姉弟と養母によくしてくださいました。ですが父上は未だ私の生母のことを愛しているのでしょう。オードラン公爵家の手前、養母を大切にすることはあっても、一度も夜を共にしたことはありません。
養母と大神官様は、それが叶わぬと知りながら今も愛し合っています。
もちろん、肉欲をともなわないその愛は美しいものです。
ですが私は憶えています。夕日の差し込む部屋の中で養母が一人、大神官様からいただいた時候の挨拶が書かれた手紙を胸に抱いて涙を流していた様子を。
私は愛する貴女にそんな寂しい思いをさせるのは耐えられません。
側室を家臣に下すのはよくあることです。父上はファズムの土地を狙っている。いずれまた戦が訪れるでしょう。その時にきっと手柄を立ててみせます。そして今回のマリウスのように、父上に貴女を下さるように頼みます。
だからそれまで待っていてくれますか? 愛しいクローディア」
はい、とクローディアは頷く。
「あぁ、ありがとうございます。クローディア」
ジブリアンは感極まって言い、クローディアの華奢な体を肌掛布団の上から抱きしめた。
ファズム王ベランジュは、長椅子の上に横になり、脚を肘掛にかけて行儀悪く長椅子の外に投げ出し、大陸各地に潜ませている手の者から早馬でもたらされた書簡を読んでいた。それを読み終えると、ふん、と鼻を鳴らして手にしていた書簡を床に放った。
予想はしていたが、やはりダナーン聖公国はダルバード帝国に負けた。
マズリー河沿いに広がる肥沃な土地は帝国に渡ったが、戦の後処理には時間がかかる。領主をおき、帝国へ納める税を集める租税官を派遣してと、そこを支配するために制度を整えねばならない。
帝国はダナーンの地を治めるものの一員として、シラールの民を入れることを考えているに違いない。彼らの戦闘力、そして良馬を育てる技術はかなりのものだ。
今後も帝国が領土拡大を続けるなら、騎馬は多く優秀な方がいい。
だが、独立独歩の気質をもつシラールの民は、穀物の多くとれるダナーンの地を餌にしても、すぐには帝国に従わないだろう。混乱に乗じて攻め入り、その一部を自らのものにしようとする部族が多く現れるに違いない。
しかし帝国は強い。一時的にはダナーンの地の北部地域の一部はシラールの民に渡るかもしれないが、最終的には帝国が勝利を収め、皇帝の寛大な措置によってシラールの民は帝国領土内に定住し、皇帝に良質な軍馬と高い戦闘力を持った兵を提供することだろう。五年、否、早ければ三年の内に帝国は、ダナーンの地に支配権を確立しファズムに攻めてくる。
巫女から授かる神託などあやふやなものではなく、ここ数十年の帝国のやり方から導き出される未来予想だ。
帝国の目的はこの国に眠る鉄だ。
ファズムでは古くから鉄鉱石が採れた。それを利用して農機具をつくり、民は土地を耕して生活してきた。と同時に王族は、祭祀と呪術を利用し国を支配してきた。ファズムに侵攻すれば呪われると、呪術が他国を恐れさせ、ファズムに手を出すことをためらわせてきた。
だが帝国では学問が進み、呪術など信じるものはいないと言う。
それに数百年ほど前、ダナーン族がファズムの信仰する地母神を神殿に閉じ込めて以来、ファズムの王族と地母神との関係は弱まり、かつて王族のみがつかえたという大がかりな呪術は、ほとんど使うことはできなくなった。
帝国は必ずファズムに攻めてくる。
どうするかなどと考えるまでもない。この地を守る義務がファズムの国王であり、最高祭司でもあるベランジュにはある。戦になればファズムは負ける。戦になる前に帝国の進撃をとめられればそれでよい。そのためには帝国内部に騒乱を起こせばよいが準備が必要だ。情報を集めなければならない。手の者たちを多く帝国内に配さなければ。
「面倒だ」
ベランジュはつぶやく。呪術の力のみで国を守れた時代の王たちが羨ましい。
ベランジュの向かいの壁の中央には、無花果の大木の絵を織り込んだ、天井から壁までを覆う正方形の綴織がかけられていた。その向こうからこつこつと壁を叩く音がする。
「入れ」
ベランジュが言うと、古い扉を開けるときのような、きぃっ、と軋んだ音がした。
続いて綴織の端を片手ではねのけ、黒に近い濃い茶色の麻の外套を頭からすっぽりとかぶった、小柄な人物が入ってきた。その人物は綴織の前に立つと、頭巾を両手で後ろに下ろした。女の顔が表れる。激しく燃える炎の色をした波立つ豊かな赤毛が、女の肩にこぼれ落ちていた。
「舞姫か。どうだった?」
ベランジュは肘掛から足を下ろすと、長椅子の上に体を起こした。
「はい。ご報告いたします」
女はその場に片膝をついて頭をたれた。
「バレ王家のものはみな帝国によって殺されましたが、ダナーン聖公国の最後の王エルネストの長女が一人生き残り、帝国の後宮に納められたそうです」
「王女は確か、神殿の巫女だったな。美しいのか?」
「美の女神が嫉妬するかのような美しい顔立ち、大きな鳶色の瞳は顔からこぼれ落んばかり、亜麻色の髪が白皙の頬を覆い、子鹿のように華奢な体躯。噂によればそのようです」
「皇帝はその娘の色香に迷わされたか」
「いいえ、その娘と恋に落ちたのは、第一皇子のジブリアンだそうです。ジブリアンはダナーンの第一王女を自分の妻にと望んだそうですが、ジブリアンに対する嫌がらせのように、皇帝はダナーンの第一王女を自分のものとしたそうです」
「皇帝と第一皇子の仲は悪いと帝国の都から遠く離れたファズムにまで漏れ聞こえてきている。それは本当か?」
「黒き狼が傭兵としてこの度のダナティア攻めに参加いたしましたが、その間皇子のジブリアンは戦に怯え、自身に与えられた天幕から出ることはなかったとか。皇子は武術より学問に詩、物語や絵画を好むそうです。武力が重んじられるダルバード帝国にあって、それが皇帝は気に入らないと聞いています」
ふうん、とベランジュは鼻を鳴らした。
「帝国の現状ははわかった。それより黒き狼はどうした? お前とともに戻るはずではなかったのか? なぜここに報告にあらわれない」
「長老が帝国の都へ行き、そこで帝国の政情を見極めるのがよいだろうと。それに……」
女は言いにくそうに口ごもる。
ベランジュは頭を下げたままの女を見つめ、話を続けるのをじっと待つ。
「かつての婚約者が、ダナティアから逃げ延びたのではないかと。それを探し出すと言っていました」
「婚約者ぁ?」
ベランジュの口から、思わず気の抜けた妙な声がでる。
「奴はシラールの民の出だろ。それがどうして、昔の婚約者がダナーンにいる」
「自らの部族が滅びた時、黒き狼の婚約者は、ダナーン族の父の実家を頼って逃げ延びたそうです。それがどこかで生きていて、不憫な状況にあるのであれば、見つけて助け出したいと言っていました」
「奴はファズムの目になるのが、どういう意味かわかっているのか?」
「ダナーンの奴隷市で長老に買われ、黒き狼がファズムの目となってから二年と経っていません。黒き狼が王のために勤めを行うのは今回が初めてです。黒き狼はまだ何の道理もわきまえていないのでしょう」
「まあいい、役に立たねば処分するだけだ。過越の宵の生贄くらいにならなるだろう。それより舞姫、ここへ来い。褒美をやろう」
「はい」
女は立ち上がると、おずおずと言った様子で、左右の肩を不安定に揺らしながら、ベランジュが座る長椅子の前までくる。
「何をするかはわかっているな。リリュイ」
女の顔を見上げて、ベランジュは問う。
まだ少女と言ってもよいほどの年頃の娘は頷いた。
「はじめろ」
ベランジュは短く命令する。
娘はその場に両膝をついた。娘に我が王と呼びかけられ、ベランジュは脚を広げた。
娘はいざって寄り、ベランジュの広げた脚の間に体を落ち着ける。娘はその場にぺたりと座りこんだ。
ベランジュは黒すぐり色をした深い紫色の法衣を着ていた。前を合わせ、腰紐でとめた法衣は、ベランジュの足元まで覆っている。
娘は、腰紐の下から法衣の前をくつろげる。娘が下穿きごと、ベランジュのゆったりとした袴を下ろそうとしたので、少し腰を上げて協力してやる。
袴がすとんと足首のところまで落ちる。ベランジュは履物ごと、袴から脚を抜き出した。
足で蹴って、袴を脇にどかす。
大切な部分が外気にさらされ心もとない。
「我が王」
娘がベランジュの膝頭に手をそえ見上げている。
娘の翠色の瞳は、この先にある快楽を予想してすでに潤んでいる。
この娘に恋心と肉欲を教えたのはベランジュだ。ベランジュの望むことをこの娘は知っている。
「歯は立てるな」
「はい」
娘は頷き、ごくりと唾を飲み込む。
娘は両手でまだ小さなベランジュ自身を茂みから探りだすと、ゆっくりと口に含む。
娘の口腔の暖かさと、膣の中とは違うさらりとした粘液に一番敏感な箇所を覆われ、思わず身震いする。
娘は右手を再びベランジュの膝頭に当て、ベランジュにさらに脚を開かせる。
娘はベランジュが教えた通りに、まだ小さな陰茎を舌で転がしながら優しく舐める。
娘の左手が下からすくい上げるようにベランジュの陰嚢をそっと包み込み、指先で軽くなでるように触れる。ベランジュは小さく身震いした。
ベランジュの脚の間で、娘の頭が小刻みに揺れている。
「リリュイ」
ベランジュは娘の名を呼んでやる。
呼びかけに応えて、娘が顔を上げる。
娘のふっくらと膨らんだ薄紅色の唇が、吸いきれなかった唾液で濡れている。
ベランジュは娘の頬に手をそえると、よくやっているとでも言うように、自身の雄をくわえている娘の湿った上唇を親指でなでた。
それに感じたのか、娘が少し目を細めて、うっ、と小さくくぐもった声を漏らすと、唇にほんの少し力が加わって、ベランジュ自身の根元のを刺激する。
腰の辺りにこらえきれなかった快楽がたまり、雄芯に熱が集まる。
ベランジュは両手を娘の頭の上におく。上体を少しそらして、肩の少し下の辺りを背もたれにのせる。
娘が左手で、服の上からベランジュの腰と臀部の境目を優しくなでるように触る。
そわそわと落ち着かない感覚が、腰のあたりの除除にたまってくる。
ベランジュの雄が大きく育つ。ベランジュの怒張をくわえきれなくなった娘は、口からはみ出した下の部分を右手でそっと握る。娘の手の冷やりとした感触に、ベランジュは一瞬総毛立つ。
娘は、根元の部分を右手でゆっくりと上下に動かす。
口腔に収めたままの先端の張り出した部分を、娘は器用に舌を使って左回りにひと舐め、右回りにひと舐めする。ざらりとした舌の感触が一番敏感な部分に触って、ベランジュは思わずうめき声を漏らす。
娘は舌を先端の割れ目に差し込んで、思いっきり吸い上げる。
身体中の熱の集まったその場所から、根こそぎすべてを持って行かれるような感覚がたまらない。
ベランジュは娘の頭を両脇からつかむと、根元に向かって押し付ける。
ベランジュの先端が娘の喉に当たった。
娘の左手がベランジュの衣服を強く握った。
「うっぐぅっ」
娘の喉からえずいた時のような声がもれて、娘の頭が下に押し付けるベランジュの力に反発する。
「もう、いい」
ベランジュは言い、娘の頭から手をどかす。
肉厚な唇がきゅっとしまり、ベランジュの分身に刺激を与える。ベランジュの雄を汚した自身の唾液をぬぐうようにしながら、娘の頭が離れていく。
娘の唾液にまみれた熱塊は、外気の冷たさを敏感に感じる。ランジュは思わず身震いした。娘の努力によって、ベランジュの欲望はベランジュの腹の前に、大きくそそり立っていた。
「わかるな」
ベランジュの広げた脚の間にぺたんと座り込み、潤んだ瞳でこちらを見上げる娘に訊く。
娘はこくりと頷き立ち上がると、一歩後ろに下がる。
娘は、胸のあたりで外套の前を止めていた紐をほどき、外套をその場に落とす。
娘は染めのない、薄い茶色の麻でできたくるぶしまである貫頭衣を着、細い腰に手の幅ほどはある革製の帯を巻いていた。
この先にあるものをベランジュは知っている。
娘は腰をまげると、少し恥じらいながら手早く下履きを脱ぐ。
「来い」
ベランジュは長椅子の背もたれに両腕をのせて言う。
娘は頷き、こちらに歩いてくる。
ベランジュは広げていた脚を閉じる。
娘は腿のあたりで、貫頭衣の前身頃の部分をぎゅっと両手でつかむ。そのまま貫頭衣の裾を両手で膝の上まで上げて、ベランジュの脚を跨いだ。
「はじめろ」
娘はベランジュの肩に両手をおき、ゆっくりと腰を下ろす。娘の濡れた花唇に、ベランジュの先端が触れる。娘はそのまま蜜壺にベランジュを飲み込もうとするが、ほぐしていない入り口は固く、ベランジュの雄芯は花唇の間をするりとすべってしまう。
娘は一旦後ろに退き、片手でベランジュの欲望をそっと掴む。貫頭衣の裾を持ち上げ、再びベランジュの脚をまたぐと、ベランジュの欲望に添えた手で、熱く滾ったベランジュを自身の蜜壺に導きながら、慎重に腰を下ろす。
ベランジュの一番敏感な部分が娘の濡れた入り口に触れ、ベランジュは思わず漏れそうになったうめき声をこらえ、眉間に力を入れる。
娘はベランジュの欲望から手を離す。両手をベランジュの肩に置き、ゆっくりと腰を落とし、ベランジュの雄芯を、ほどよく湿った柔らかな襞の中に飲み込もうとする。
早く、快楽が欲しい。
ベランジュは娘の細い腰を両手で掴むと、一気に自身の下腹部に向かって一気に引き寄せた。
「あぁっ」
娘が喉をそらして叫ぶ。ベランジュの両肩に置かれた手に力が入り、娘の胎内が一瞬で収縮する。大切な部分を熱を孕んだ弾力のある壁に圧され、ベランジュは思わずうめき声をあげる。
娘にみっともないところは見せたくない。
「リリュイ、いくぞ」
ベランジュは娘に声をかける。娘は音を立てて唾を飲み込み、ベランジュに頷く。
娘は様子をうかがうように、ゆっくりと腰を上げる。
ざらざらとした娘の膣壁がベランジュの雄をこすり、ぞろりと快楽がベランジュの背筋を這い上がる。
だが、この程度では物足りない。
まだ、半分ほど娘の中に埋まっている状態で、ベランジュは娘の細い腰を両手で引き寄せる。
「はうっ」
娘が喉をそらして、喘ぎ声を上げる。
ベランジュの前に、娘の白い喉が無防備にさらされる。
ベランジュは娘の喉元に噛みついた。
「っひやぁ」
娘が悲鳴を上げる。ベランジュはそれを無視して、首筋から肩口まで肌理の細かい娘の柔肌を舐め上げた。
娘は体を震わし、ベランジュの肩を強く握った。
胎内の締めつけが強くなる。
ベランジュは小さくうめいて、両手で娘の腰を持ち上げた。娘の体が、ベランジュの求めに応じて素直に動く。娘の腰を引き寄せ、さらに奥深くに先端を押し付けた。こりりと硬い部分がベランジュの先端に当たる。娘の膣に力が入り、さらに奥に導くようにきゅっとせばまる。ベランジュは娘の一番深い場所に自身を押し付けた。
「っぁ」
娘の口の端から、喘ぎ声ともため息ともつかない音が漏れる。
ベランジュは娘の肩口に噛みつき、精を放った。