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流血・凌辱シーンがございます。
苦手な方はお気をつけください。
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第一章
2
攻城塔がダナティアの城壁前でとまる。その衝撃に、攻城塔の一番上の段にのっていたマリウスは思わずよろめいた。
「公爵様、お怪我は?」
隣にいた兵に腕を支えられる。マリウスは大丈夫だと応え、城壁へ攻め入るため正面に折りたたんでいる渡し板を下ろすよう命じた。
兵が渡し板を上げている縄を切る。と同時に、右手から大きな爆発音がした。
バシュレ侯爵率いる別隊が、城門を爆破したらしい。城門のあったはずの位置から土煙が上がり、風にのって硝煙のにおいがただよってきた。
渡し板が城壁にかかる。と左右から弓矢が飛んできた。
「行け!!」
マリウスは素早く命じ、剣を抜いて駆け出した。
「オォッ!!」
兵たちがそれに続く。
マリウスは渡し板の上を駆け抜け、城壁の上に降り立つと、目の前にやってきた敵兵を斬り捨てた。
後ろから兵たちがついてきているのを確認しながら進む。早く下へ降りる道を探さなければ。
マリウスののっていた攻城塔を登り、続続と兵たちがダナティアの城壁に侵入しているのが見えた。
ダナティアは城壁都市だった。都市の周りには赤煉瓦でつくった円錐形の屋根をかぶせた二十四の塔が建ち、塔と塔をつなぐように城壁がつくられている。
塔の階段を使わなければ、下には降りられない。マリウスは行く手を邪魔する敵兵を屠りながら、一番近い塔を目指して進んでいた。
塔まで後五尋。雑兵を十三人倒したところだった。塔の中から兵を引き連れた将が飛び出してきた。
「我が命に代えても、ここから先へ行かせるものかッ!!」
将がマリウスに向かって突っ込んできた。
振りおろされた剣をマリウスは受けた。
将がぎりぎりと剣を押し込んでくる。剣の柄を両手で握って、マリウスは耐えた。
将は首を後ろに向けて吠える。
「皆、私に構わず行くんだ!!」
彼につき従ってきた兵たちは、剣を打ち合う彼とマリウスの横を通り抜け、攻城塔の方へと走って行った。
将は後ろに退くと、二合、三合と容赦なく打ち込んできた。
無駄の無いその動きに、彼が修練をよくしてきたことが知れた。
「オードラン公爵!!」
呼び声のした方にマリウスは視線を流しやった。
バシュレ侯爵が兵を引き連れ、塔から姿を現す。
彼の甲冑は、返り血と城門爆破の時にかぶった煤でよごれたいた。
マリウスは軽く首を左右に振り、助けはいらないと伝える。
バシュレ侯爵は頷き、ダナティア攻略の第一の足がかりとすべく塔を確保するために兵を展開させる。
「うりャッー!!」
将が掛け声を上げ打ち込んでくる。
さき程までと変わらぬ無駄のない動き。しかし、その気に乱れを感じる。
当然だった。マリウスとバシュレ侯爵の隊の先制を皮切りに、ダルバード帝国軍の第一陣は続続と城壁に攻め入っていた。
入り乱れて戦う両軍。しかし、数の多いダルバード帝国軍は攻勢に勝っていた。
城壁を守るダナーン聖公国軍がじりじりと後退していく様が、ここからはよく見えた。
将は一歩下がって間合いを取る。
「負けるものかッ!!」
気勢を上げて再び打ち込んできた。
マリウスは斜めに構えた剣でそれを軽くいなし横に出る。
鎧と兜の間のわずかな隙間に剣を差し込んだ。
血管の切れる手ごたえがする。
マリウスは剣を引き抜いた。
将の首から血が噴き出す。
嗅ぎなれた血のにおい。生温かい飛沫がマリウスの頬にかかる。
「――なっ、なっ、何が……」
将は左手を首に当ててふり返るとよろよろと後ずさる。
押さえきれなかった鮮血が指の間から溢れだし、将の甲冑に覆われた手を真っ赤に染め上げていた。
止めをさすべくマリウスは剣を構えなおし、将へ向かって走り寄る。
将の首のあたりを目がけ、剣をなぎ払った。
首の骨の折れる音がする。
将はその場に膝をつき、剣を離すとぐらりと後ろに倒れる。
切っ先を将に向けてマリウスは近寄る。血走った目をかっと見開き、将はすでに事切れていた。
「オードラン公爵」
後ろからした声にふり返る。バシュレ侯爵が小走りこちらへやってくるところだった。
「あの塔は押さえました」
マリウスは頷く。
「あとは二陣に任せ、我等は王宮へ向かいましょう」
「ああ」
マリウスは外套の裾で剣にこびりついた血と脂をぬぐう。
城壁の外に目を転じれば、マリウスたち一陣が切り開いた路を辿って二陣も次次と兵を進めていた。
波状に押し寄せるダルバード帝国軍によって、ダナティアの城壁は徐徐に浸食されている。
ダナティアが落ちるのは時間の問題だった。
マリウスは塔へ向かって歩き出そうとした。とその時、将の首にかかった首飾りに目がいく。
オオカミの牙を飾りとした首飾りは見たことがある。
兵たちの中にいるシラールの民がよく、幸運のお守りだと持っていた。
「なぜ?」
マリウスは呟く。
ダナーンの人人はシラールの民を蛮族と嫌っていたはずだ。
白いオオカミの牙は将の血にまだらに染まっている。
マリウスは将の横に膝をつき、首飾りの飾を持ち上げた。
牙の根元をぐるりと一周取り囲んで精緻な帯状の彫りが入っている。その溝にまだ乾ききらない将の血が溜っていた。
「オードラン公爵っ」
バシュレ侯爵が塔の入り口に立って呼んでいる。
マリウスは首飾りの飾をつかむと、剣で首飾りの紐を切った。
爆音がして、王城全体が揺れる。
「――きゃッ……」
クローディアは小さく悲鳴を漏らし、慌ててシリアナにしがみついた。
シリアナはしっかりとそれを抱きとめる。
二人はクローディアに与えられた客間の長椅子に身を寄せ合って座っていた。
クローディアの華奢な体が、シリアナの腕の中で小刻みに震えている。
「巫女様」
「――シリアナ……」
体をすくめたまま、まんまるい鳶色の瞳に涙を一杯にためて、クローディアが見上げてくる。
「お気を確かになさいませ」
シリアナはクローディアの二の腕を二三度叩き立ち上がった。
「イヤよ!! どこへ行くの!!」
クローディアのほっそりとした白い指が、シリアナの腕をしっかりと握っている。
シリアナはわずかに眉をひそめてそれを見下ろし、一本一本クローディアの指をほどくと、クローディアから離れた。
クローディアはずるずるとの場に崩れ落ち、長椅子の上に泣き伏した。
シリアナはクローディアに気づかれぬように小さくため息をついて、長椅子の横の引き出しに歩み寄った。
引き出しの上に置かれた花瓶に活けられた花は、世話する人もなく枯れるがままになっている。
シリアナが指先で花弁にそっと触ると、はらりと落ちた。
――まるで、ダルバード帝国軍の兵によって殺されるのを待つだけの自分たちのようだ。
その様に、シリアナはかすかな笑いを唇の端にはいで、一番上の引き出しを開けた。
そこには二振りの短剣が納められていた。
飾りのない、柄の部分に握り跡のついたよく使い込まれた一本はシリアナのもの。鞘にも柄にも色とりどりの宝石のちりばめられた、もう一本のものはクローディアのだ。
シリアナは短剣を手に長椅子まで戻ると、クローディアの横に座って、彼女の両肩を持って抱え起こした。
「巫女様、よくお聞きください」
両手で顔を覆って泣くクローディアは、いやいやをする子どものように首を振った。
「巫女様」
シリアナは苛立ちを抑えて、強い声で言う。それにはっとはじかれたように、クローディアが顔を上げた。
「よいですか、巫女様」
シリアナはか弱い姫をおびえさせないようにゆっくりと、努めて穏やかな声で言った。
「昨晩、陛下が巫女様にお会いにいらしたのは覚えていらっしゃいますね」
クローディアがこくこくと首を振る。
「その際に、巫女様に短剣をお授けになったことも覚えておいでですか」
クローディアが再び首を縦に振る。
シリアナは右肩をクローディアの肩から離すと後ろを探って短剣を取り、クローディアの前に掲げた。
「何のために、陛下がこの短剣をお授けになったかはおわかりですね」
「イヤ、イヤよシリアナ、私にはできないわ……」
クローディアは短剣を見つめて、長椅子の上で後ずさる。
肘かけに阻まれてとまると、クローディアはわっと泣き崩れる。
クローディアの体をシリアナは抱きとめた。
クローディアが落ち着くのを待って、シリアナは語りかけた。
「巫女様、敵の手に落ちればどのような扱いを受けるかわかりません。その時が参りましたら、陛下から賜られた短剣で、ためらわずに喉をお突きください。私が最期までお守りいたします」
「――わかったわ……」
シリアナにしがみついたまま、クローディアが言った。
ダナーン聖公国は城壁の守りに多くの兵を割いていたらしい。
ダルバード帝国軍の一陣の前に、ダナティア城はあっけないほど簡単に落ちた。
マリウスはダナーン王の姿を求め、王宮を奥へ奥へと進んでいた。
王宮の中に人影は少ない。手当たり次第に扉を開けて中を見て行ったが、ほとんどの部屋に人はいなかった。
時折どこかから女性の叫び声が上がる。
長い行軍の間、男ばかりの軍隊にあって禁欲生活を強いられた兵たちにとって、彼女たちは格好の餌食だ。
彼女たちの運命を思って、マリウスの胸が痛む。
マリウスはそんな感傷を打ち消すようにぶるりと頭を振って、先を急いだ。
その時も特に考えがあったわけではない。常と同じようにマリウスは手近な扉を開いただけだった。
だが部屋の中を見た瞬間、マリウスは後悔する。
一人の少女が部屋の中央に置かれた長椅子の背に片腕をかけ、右手と右脚をだらんと床にたらして、しどけなく横たわっていた。
その上に一人の兵士がのしかかり、懸命に腰を振っている。
男の動きに合わせて長椅子が、ぎしぎしと鳴っていた。
少女の着衣の前は破かれ、スカートの裾は太ももまでめくれあがっている。
男はむき出しになった少女の小さな胸を武骨な手で鷲掴みにし、やわやわと揉んでいた。
男の手の形に合わせ、少女の白い胸がいびつに歪む。
仰向けになった少女の表情はマリウスの方からはうかがい知れなかった。
男が怒張を深く差し込む度、少女は細い喉をそりかえらせて、くぐもった声で呻いていた。
きつくつむった少女の目から、涙がとめどなく流れ落ちていた。
人の気配に気づいたのか男が動きをとめて、マリウスの方を見た。
「溜ってるんじゃないか、あんたもどうだい?」
男はにやりと笑い、拳から突き出した親指を下に向け少女のことをさした。
少女が首を回し、マリウスのことを見る。
マリウスの姿を認めた瞬間、少女の瞳におびえが走った。
少女は長椅子の上をいざって逃げようとした。
それに気づいた男が、拳で力任せに少女の頬を殴った。
「暴れるんじゃねぇ!!」
その衝撃に少女はうつ伏せに床に転がり落ちる。
破瓜の証だ。少女のスカートの後ろは鮮血に濡れていた。
男は少女の肩を掴んで仰向けにすると、その小さな体に馬乗りになった。
「アンタが大人しくしてたら最後まで可愛がってやろうと思ったが、やーめたっと。どうせやることは一緒だしな、大人しくしててくれた方が楽でいいや」
言って男が少女の首に手をかけた。
男の下で少女がもがく。
少女は顔を真っ赤にし、新鮮な空気を求めて口をぱくぱくと開け閉めしていた。
両手で男の手を引っ掻き、足をばたばたとさせ男から逃げようとしていた。
深呼吸するように少女の胸が大きくうわずった。
そして少女の全身から力が抜ける。
少女の手がぱたりと落ちる。曲げていた少女の右足がゆっくりと床に崩れ落ちた。
男は大きく息を吐いて、少女の首から手をどけた。
男は立ち上がり少女の上からどいた。
長椅子の膝掛けに立てかけてあった剣を取ると、少女の服を下から上へ一気に引き裂いた。
「これで思う存分楽しめるや。あんたもどうだい?」
男はマリウスに下卑た笑いを向けて言った。マリウスは首を振って扉を閉めた。
マリウスはダナーン聖刻国王の姿を求め、さらに王宮の奥へと進んだ。
「早く、奥へ」
しばらく歩いていくと、扉の向こう側から若い女の声がした。
マリウスは足を止める。部屋の中に人がいるようだ。
マリウスは扉を開けた。
十五六の少女が隣室に続く扉を背に立っていた。敵国の兵であるマリウスの姿を見てもおびえることをせず、黒目がちな瞳をしっかりとこちらに向けていた。
マリウスは部屋の中に足を踏み入れる。後ろ手に扉を閉めた。
少女は真っ直ぐに背を伸ばし、マリウスのわずかな動きも見逃すまいとするように、こちらを見つめている。
少女をおびやかしたくはなかった。マリウスはゆっくりと足をすすめ、腕を伸ばせば少女に手が届く直前の距離でとまった。
「王の居場所を知っているか?」
「私は陛下の御座所を存じ上げる立場にございません。ご用がそれだけでしたら、お立ち去りください」
少女は凛とした声で言った。
「他に人がいたようだが」
少女の後ろの扉を見て、マリウスは訊ねた。
「もし奥の部屋へ行くというのなら、私を斬り捨ててからお進みください」
少女は胸を張り、マリウスの前に差し出した。
マリウスに少女を傷つけるつもりはなかった。
持っていた剣を鞘にしまい、少女との距離を一歩縮める。
少女は少しも動かずに、マリウスのことを見つめていた。
マリウスは少女の細い上腕に右手をあてると、少女を脇にどけるため右手を横にはらった。
少女は素直にマリウスの前から退いた。
マリウスはまた一歩進むと、取っ手に手をかけ扉をあけた。
寝台の上に一人の少女がこちらに背を向け座っている。背の中ほどまで伸びた亜麻色の髪が、豊かに波打っていた。
彼女はこちらを振り向くと、ひっと悲鳴を喉に張り付かせてマリウスのことを見た。
少女は両手で手柄に色とりどりの宝石をあしらった見事な短を握っていた。その切っ先は喉元に当てられていた。
マリウスが部屋の中に足を踏み入れると、少女は手から短剣を取り落とし、気を失って前に倒れる。
その時、城全体を揺るがすような、大きな鬨の声があがった。
マリウスも扉の前にいた少女も一瞬身を固くして、その声を聞いた。
その余韻が消え去ると、絨毯の上を引きずるスカートの裾の音がした。
マリウスはふり返る。扉の前に、扉を護っていた少女が立っていた。
「王の身が帝国の手に堕ちたようです」
少女が静かに言った。
「情けがございましたら、どうか主の身とこの身を貴方様の剣で屠ってくださいませ」
少女は部屋の中に入ってくると、マリウスの前で膝をついた。
少女が頭をたれると、癖のない黒い髪が左右に分かれ、少女の白いうなじがマリウスの前にあらわになった。
「貴女の祖国は負けた。貴女の安全は私が保証する。その身を私に預けるというのなら生きてはくれまいか」
マリウスは膝をつき、少女の頬に手をそえると顔を上げさせた。
少女の黒い瞳が真っ直ぐにマリウスのことを見つめる。
「私の主が誰か御存じですか?」
マリウスの掌の中で、首を傾げて少女が訊ねた。
「否」
マリウスは首をふった。
「私の主は、ダナーン聖公国第一王女・クローディア様、そしてこの国の守護神ダナティアに仕える巫女様です。ダルバード帝国進攻の報を聞き、多くの有力貴族達が国を捨て逃げだしました。ですが信仰の中心でもあり、王家の血を継ぐクローディア様を生かしておけば、彼等にとってダナーン復興の旗頭ともなりえます。騒乱の芽は未然にお摘みくださいませ」
「だが貴女は違う。貴女の主が帝国の仇となるというのであれば、私は貴女の主を殺そう。だが、貴女は殺さない」
「私は異母兄と約束しました。最期の時まで巫女様をお守りすると」
それから少女の動きは素早かった。
ぱっと体を後ろに引くと、そのまま前に転がってマリウスの横を通り抜ける。
寝台の脇までいくと、横たわるクローディアの横に落ちている短剣を手にし、立ち上がる。両手で短剣を持つと、マリウスに向かって構えた。
少女の視線は落ち着いてマリウスに向けられている。短剣を握る手は震えもせず、その切っ先は、兜と鎧の間のわずかな隙間から見えるマリウスの首元を狙っていた。
堂堂としたその様は、剣を扱うことに慣れた者のものだ。少女と侮れば殺される。マリウスは仕方なく剣を抜く。
「私は貴女と争いたくない。剣を下ろしてくれないか」
剣を少女に向け、マリウスは頼んだ。
「私には私の義務があります」
少女がマリウスの方へ駆け寄ってくる。
少女は右横から短剣を差し込もうとしていた。
マリウスは首の横で右手を曲げ、甲冑の腕の部分で少女の短剣を防いだ。
少女は後ろの飛びの退き、再びマリウス目がけて駆けてきた。
マリウスは体を反転し、正面から少女と対峙する。
平らな部分を自分に向け縦に構えた剣で、少女の短剣を受ける。
少女の手から短剣が弾け飛んだ。
少女はその場に崩れ落ちる。両手を床につき、うなだれた。
「お願い、わたしを殺して」
「貴女は殺さない。貴女は私のものだ」
マリウスは宣言し、彼女の肩をつかむと立ち上がらせた。
少女が顔を上げる。瞳に困惑を浮かべ、マリウスのことを戸惑った表情で見つめている。
「貴女以外に何もいらない」
マリウスは兜をその場に投げ捨てると、少女を抱きよせ口づけた。
攻城塔がダナティアの城壁前でとまる。その衝撃に、攻城塔の一番上の段にのっていたマリウスは思わずよろめいた。
「公爵様、お怪我は?」
隣にいた兵に腕を支えられる。マリウスは大丈夫だと応え、城壁へ攻め入るため正面に折りたたんでいる渡し板を下ろすよう命じた。
兵が渡し板を上げている縄を切る。と同時に、右手から大きな爆発音がした。
バシュレ侯爵率いる別隊が、城門を爆破したらしい。城門のあったはずの位置から土煙が上がり、風にのって硝煙のにおいがただよってきた。
渡し板が城壁にかかる。と左右から弓矢が飛んできた。
「行け!!」
マリウスは素早く命じ、剣を抜いて駆け出した。
「オォッ!!」
兵たちがそれに続く。
マリウスは渡し板の上を駆け抜け、城壁の上に降り立つと、目の前にやってきた敵兵を斬り捨てた。
後ろから兵たちがついてきているのを確認しながら進む。早く下へ降りる道を探さなければ。
マリウスののっていた攻城塔を登り、続続と兵たちがダナティアの城壁に侵入しているのが見えた。
ダナティアは城壁都市だった。都市の周りには赤煉瓦でつくった円錐形の屋根をかぶせた二十四の塔が建ち、塔と塔をつなぐように城壁がつくられている。
塔の階段を使わなければ、下には降りられない。マリウスは行く手を邪魔する敵兵を屠りながら、一番近い塔を目指して進んでいた。
塔まで後五尋。雑兵を十三人倒したところだった。塔の中から兵を引き連れた将が飛び出してきた。
「我が命に代えても、ここから先へ行かせるものかッ!!」
将がマリウスに向かって突っ込んできた。
振りおろされた剣をマリウスは受けた。
将がぎりぎりと剣を押し込んでくる。剣の柄を両手で握って、マリウスは耐えた。
将は首を後ろに向けて吠える。
「皆、私に構わず行くんだ!!」
彼につき従ってきた兵たちは、剣を打ち合う彼とマリウスの横を通り抜け、攻城塔の方へと走って行った。
将は後ろに退くと、二合、三合と容赦なく打ち込んできた。
無駄の無いその動きに、彼が修練をよくしてきたことが知れた。
「オードラン公爵!!」
呼び声のした方にマリウスは視線を流しやった。
バシュレ侯爵が兵を引き連れ、塔から姿を現す。
彼の甲冑は、返り血と城門爆破の時にかぶった煤でよごれたいた。
マリウスは軽く首を左右に振り、助けはいらないと伝える。
バシュレ侯爵は頷き、ダナティア攻略の第一の足がかりとすべく塔を確保するために兵を展開させる。
「うりャッー!!」
将が掛け声を上げ打ち込んでくる。
さき程までと変わらぬ無駄のない動き。しかし、その気に乱れを感じる。
当然だった。マリウスとバシュレ侯爵の隊の先制を皮切りに、ダルバード帝国軍の第一陣は続続と城壁に攻め入っていた。
入り乱れて戦う両軍。しかし、数の多いダルバード帝国軍は攻勢に勝っていた。
城壁を守るダナーン聖公国軍がじりじりと後退していく様が、ここからはよく見えた。
将は一歩下がって間合いを取る。
「負けるものかッ!!」
気勢を上げて再び打ち込んできた。
マリウスは斜めに構えた剣でそれを軽くいなし横に出る。
鎧と兜の間のわずかな隙間に剣を差し込んだ。
血管の切れる手ごたえがする。
マリウスは剣を引き抜いた。
将の首から血が噴き出す。
嗅ぎなれた血のにおい。生温かい飛沫がマリウスの頬にかかる。
「――なっ、なっ、何が……」
将は左手を首に当ててふり返るとよろよろと後ずさる。
押さえきれなかった鮮血が指の間から溢れだし、将の甲冑に覆われた手を真っ赤に染め上げていた。
止めをさすべくマリウスは剣を構えなおし、将へ向かって走り寄る。
将の首のあたりを目がけ、剣をなぎ払った。
首の骨の折れる音がする。
将はその場に膝をつき、剣を離すとぐらりと後ろに倒れる。
切っ先を将に向けてマリウスは近寄る。血走った目をかっと見開き、将はすでに事切れていた。
「オードラン公爵」
後ろからした声にふり返る。バシュレ侯爵が小走りこちらへやってくるところだった。
「あの塔は押さえました」
マリウスは頷く。
「あとは二陣に任せ、我等は王宮へ向かいましょう」
「ああ」
マリウスは外套の裾で剣にこびりついた血と脂をぬぐう。
城壁の外に目を転じれば、マリウスたち一陣が切り開いた路を辿って二陣も次次と兵を進めていた。
波状に押し寄せるダルバード帝国軍によって、ダナティアの城壁は徐徐に浸食されている。
ダナティアが落ちるのは時間の問題だった。
マリウスは塔へ向かって歩き出そうとした。とその時、将の首にかかった首飾りに目がいく。
オオカミの牙を飾りとした首飾りは見たことがある。
兵たちの中にいるシラールの民がよく、幸運のお守りだと持っていた。
「なぜ?」
マリウスは呟く。
ダナーンの人人はシラールの民を蛮族と嫌っていたはずだ。
白いオオカミの牙は将の血にまだらに染まっている。
マリウスは将の横に膝をつき、首飾りの飾を持ち上げた。
牙の根元をぐるりと一周取り囲んで精緻な帯状の彫りが入っている。その溝にまだ乾ききらない将の血が溜っていた。
「オードラン公爵っ」
バシュレ侯爵が塔の入り口に立って呼んでいる。
マリウスは首飾りの飾をつかむと、剣で首飾りの紐を切った。
爆音がして、王城全体が揺れる。
「――きゃッ……」
クローディアは小さく悲鳴を漏らし、慌ててシリアナにしがみついた。
シリアナはしっかりとそれを抱きとめる。
二人はクローディアに与えられた客間の長椅子に身を寄せ合って座っていた。
クローディアの華奢な体が、シリアナの腕の中で小刻みに震えている。
「巫女様」
「――シリアナ……」
体をすくめたまま、まんまるい鳶色の瞳に涙を一杯にためて、クローディアが見上げてくる。
「お気を確かになさいませ」
シリアナはクローディアの二の腕を二三度叩き立ち上がった。
「イヤよ!! どこへ行くの!!」
クローディアのほっそりとした白い指が、シリアナの腕をしっかりと握っている。
シリアナはわずかに眉をひそめてそれを見下ろし、一本一本クローディアの指をほどくと、クローディアから離れた。
クローディアはずるずるとの場に崩れ落ち、長椅子の上に泣き伏した。
シリアナはクローディアに気づかれぬように小さくため息をついて、長椅子の横の引き出しに歩み寄った。
引き出しの上に置かれた花瓶に活けられた花は、世話する人もなく枯れるがままになっている。
シリアナが指先で花弁にそっと触ると、はらりと落ちた。
――まるで、ダルバード帝国軍の兵によって殺されるのを待つだけの自分たちのようだ。
その様に、シリアナはかすかな笑いを唇の端にはいで、一番上の引き出しを開けた。
そこには二振りの短剣が納められていた。
飾りのない、柄の部分に握り跡のついたよく使い込まれた一本はシリアナのもの。鞘にも柄にも色とりどりの宝石のちりばめられた、もう一本のものはクローディアのだ。
シリアナは短剣を手に長椅子まで戻ると、クローディアの横に座って、彼女の両肩を持って抱え起こした。
「巫女様、よくお聞きください」
両手で顔を覆って泣くクローディアは、いやいやをする子どものように首を振った。
「巫女様」
シリアナは苛立ちを抑えて、強い声で言う。それにはっとはじかれたように、クローディアが顔を上げた。
「よいですか、巫女様」
シリアナはか弱い姫をおびえさせないようにゆっくりと、努めて穏やかな声で言った。
「昨晩、陛下が巫女様にお会いにいらしたのは覚えていらっしゃいますね」
クローディアがこくこくと首を振る。
「その際に、巫女様に短剣をお授けになったことも覚えておいでですか」
クローディアが再び首を縦に振る。
シリアナは右肩をクローディアの肩から離すと後ろを探って短剣を取り、クローディアの前に掲げた。
「何のために、陛下がこの短剣をお授けになったかはおわかりですね」
「イヤ、イヤよシリアナ、私にはできないわ……」
クローディアは短剣を見つめて、長椅子の上で後ずさる。
肘かけに阻まれてとまると、クローディアはわっと泣き崩れる。
クローディアの体をシリアナは抱きとめた。
クローディアが落ち着くのを待って、シリアナは語りかけた。
「巫女様、敵の手に落ちればどのような扱いを受けるかわかりません。その時が参りましたら、陛下から賜られた短剣で、ためらわずに喉をお突きください。私が最期までお守りいたします」
「――わかったわ……」
シリアナにしがみついたまま、クローディアが言った。
ダナーン聖公国は城壁の守りに多くの兵を割いていたらしい。
ダルバード帝国軍の一陣の前に、ダナティア城はあっけないほど簡単に落ちた。
マリウスはダナーン王の姿を求め、王宮を奥へ奥へと進んでいた。
王宮の中に人影は少ない。手当たり次第に扉を開けて中を見て行ったが、ほとんどの部屋に人はいなかった。
時折どこかから女性の叫び声が上がる。
長い行軍の間、男ばかりの軍隊にあって禁欲生活を強いられた兵たちにとって、彼女たちは格好の餌食だ。
彼女たちの運命を思って、マリウスの胸が痛む。
マリウスはそんな感傷を打ち消すようにぶるりと頭を振って、先を急いだ。
その時も特に考えがあったわけではない。常と同じようにマリウスは手近な扉を開いただけだった。
だが部屋の中を見た瞬間、マリウスは後悔する。
一人の少女が部屋の中央に置かれた長椅子の背に片腕をかけ、右手と右脚をだらんと床にたらして、しどけなく横たわっていた。
その上に一人の兵士がのしかかり、懸命に腰を振っている。
男の動きに合わせて長椅子が、ぎしぎしと鳴っていた。
少女の着衣の前は破かれ、スカートの裾は太ももまでめくれあがっている。
男はむき出しになった少女の小さな胸を武骨な手で鷲掴みにし、やわやわと揉んでいた。
男の手の形に合わせ、少女の白い胸がいびつに歪む。
仰向けになった少女の表情はマリウスの方からはうかがい知れなかった。
男が怒張を深く差し込む度、少女は細い喉をそりかえらせて、くぐもった声で呻いていた。
きつくつむった少女の目から、涙がとめどなく流れ落ちていた。
人の気配に気づいたのか男が動きをとめて、マリウスの方を見た。
「溜ってるんじゃないか、あんたもどうだい?」
男はにやりと笑い、拳から突き出した親指を下に向け少女のことをさした。
少女が首を回し、マリウスのことを見る。
マリウスの姿を認めた瞬間、少女の瞳におびえが走った。
少女は長椅子の上をいざって逃げようとした。
それに気づいた男が、拳で力任せに少女の頬を殴った。
「暴れるんじゃねぇ!!」
その衝撃に少女はうつ伏せに床に転がり落ちる。
破瓜の証だ。少女のスカートの後ろは鮮血に濡れていた。
男は少女の肩を掴んで仰向けにすると、その小さな体に馬乗りになった。
「アンタが大人しくしてたら最後まで可愛がってやろうと思ったが、やーめたっと。どうせやることは一緒だしな、大人しくしててくれた方が楽でいいや」
言って男が少女の首に手をかけた。
男の下で少女がもがく。
少女は顔を真っ赤にし、新鮮な空気を求めて口をぱくぱくと開け閉めしていた。
両手で男の手を引っ掻き、足をばたばたとさせ男から逃げようとしていた。
深呼吸するように少女の胸が大きくうわずった。
そして少女の全身から力が抜ける。
少女の手がぱたりと落ちる。曲げていた少女の右足がゆっくりと床に崩れ落ちた。
男は大きく息を吐いて、少女の首から手をどけた。
男は立ち上がり少女の上からどいた。
長椅子の膝掛けに立てかけてあった剣を取ると、少女の服を下から上へ一気に引き裂いた。
「これで思う存分楽しめるや。あんたもどうだい?」
男はマリウスに下卑た笑いを向けて言った。マリウスは首を振って扉を閉めた。
マリウスはダナーン聖刻国王の姿を求め、さらに王宮の奥へと進んだ。
「早く、奥へ」
しばらく歩いていくと、扉の向こう側から若い女の声がした。
マリウスは足を止める。部屋の中に人がいるようだ。
マリウスは扉を開けた。
十五六の少女が隣室に続く扉を背に立っていた。敵国の兵であるマリウスの姿を見てもおびえることをせず、黒目がちな瞳をしっかりとこちらに向けていた。
マリウスは部屋の中に足を踏み入れる。後ろ手に扉を閉めた。
少女は真っ直ぐに背を伸ばし、マリウスのわずかな動きも見逃すまいとするように、こちらを見つめている。
少女をおびやかしたくはなかった。マリウスはゆっくりと足をすすめ、腕を伸ばせば少女に手が届く直前の距離でとまった。
「王の居場所を知っているか?」
「私は陛下の御座所を存じ上げる立場にございません。ご用がそれだけでしたら、お立ち去りください」
少女は凛とした声で言った。
「他に人がいたようだが」
少女の後ろの扉を見て、マリウスは訊ねた。
「もし奥の部屋へ行くというのなら、私を斬り捨ててからお進みください」
少女は胸を張り、マリウスの前に差し出した。
マリウスに少女を傷つけるつもりはなかった。
持っていた剣を鞘にしまい、少女との距離を一歩縮める。
少女は少しも動かずに、マリウスのことを見つめていた。
マリウスは少女の細い上腕に右手をあてると、少女を脇にどけるため右手を横にはらった。
少女は素直にマリウスの前から退いた。
マリウスはまた一歩進むと、取っ手に手をかけ扉をあけた。
寝台の上に一人の少女がこちらに背を向け座っている。背の中ほどまで伸びた亜麻色の髪が、豊かに波打っていた。
彼女はこちらを振り向くと、ひっと悲鳴を喉に張り付かせてマリウスのことを見た。
少女は両手で手柄に色とりどりの宝石をあしらった見事な短を握っていた。その切っ先は喉元に当てられていた。
マリウスが部屋の中に足を踏み入れると、少女は手から短剣を取り落とし、気を失って前に倒れる。
その時、城全体を揺るがすような、大きな鬨の声があがった。
マリウスも扉の前にいた少女も一瞬身を固くして、その声を聞いた。
その余韻が消え去ると、絨毯の上を引きずるスカートの裾の音がした。
マリウスはふり返る。扉の前に、扉を護っていた少女が立っていた。
「王の身が帝国の手に堕ちたようです」
少女が静かに言った。
「情けがございましたら、どうか主の身とこの身を貴方様の剣で屠ってくださいませ」
少女は部屋の中に入ってくると、マリウスの前で膝をついた。
少女が頭をたれると、癖のない黒い髪が左右に分かれ、少女の白いうなじがマリウスの前にあらわになった。
「貴女の祖国は負けた。貴女の安全は私が保証する。その身を私に預けるというのなら生きてはくれまいか」
マリウスは膝をつき、少女の頬に手をそえると顔を上げさせた。
少女の黒い瞳が真っ直ぐにマリウスのことを見つめる。
「私の主が誰か御存じですか?」
マリウスの掌の中で、首を傾げて少女が訊ねた。
「否」
マリウスは首をふった。
「私の主は、ダナーン聖公国第一王女・クローディア様、そしてこの国の守護神ダナティアに仕える巫女様です。ダルバード帝国進攻の報を聞き、多くの有力貴族達が国を捨て逃げだしました。ですが信仰の中心でもあり、王家の血を継ぐクローディア様を生かしておけば、彼等にとってダナーン復興の旗頭ともなりえます。騒乱の芽は未然にお摘みくださいませ」
「だが貴女は違う。貴女の主が帝国の仇となるというのであれば、私は貴女の主を殺そう。だが、貴女は殺さない」
「私は異母兄と約束しました。最期の時まで巫女様をお守りすると」
それから少女の動きは素早かった。
ぱっと体を後ろに引くと、そのまま前に転がってマリウスの横を通り抜ける。
寝台の脇までいくと、横たわるクローディアの横に落ちている短剣を手にし、立ち上がる。両手で短剣を持つと、マリウスに向かって構えた。
少女の視線は落ち着いてマリウスに向けられている。短剣を握る手は震えもせず、その切っ先は、兜と鎧の間のわずかな隙間から見えるマリウスの首元を狙っていた。
堂堂としたその様は、剣を扱うことに慣れた者のものだ。少女と侮れば殺される。マリウスは仕方なく剣を抜く。
「私は貴女と争いたくない。剣を下ろしてくれないか」
剣を少女に向け、マリウスは頼んだ。
「私には私の義務があります」
少女がマリウスの方へ駆け寄ってくる。
少女は右横から短剣を差し込もうとしていた。
マリウスは首の横で右手を曲げ、甲冑の腕の部分で少女の短剣を防いだ。
少女は後ろの飛びの退き、再びマリウス目がけて駆けてきた。
マリウスは体を反転し、正面から少女と対峙する。
平らな部分を自分に向け縦に構えた剣で、少女の短剣を受ける。
少女の手から短剣が弾け飛んだ。
少女はその場に崩れ落ちる。両手を床につき、うなだれた。
「お願い、わたしを殺して」
「貴女は殺さない。貴女は私のものだ」
マリウスは宣言し、彼女の肩をつかむと立ち上がらせた。
少女が顔を上げる。瞳に困惑を浮かべ、マリウスのことを戸惑った表情で見つめている。
「貴女以外に何もいらない」
マリウスは兜をその場に投げ捨てると、少女を抱きよせ口づけた。
「公爵様、お怪我は?」
隣にいた兵に腕を支えられる。マリウスは大丈夫だと応え、城壁へ攻め入るため正面に折りたたんでいる渡し板を下ろすよう命じた。
兵が渡し板を上げている縄を切る。と同時に、右手から大きな爆発音がした。
バシュレ侯爵率いる別隊が、城門を爆破したらしい。城門のあったはずの位置から土煙が上がり、風にのって硝煙のにおいがただよってきた。
渡し板が城壁にかかる。と左右から弓矢が飛んできた。
「行け!!」
マリウスは素早く命じ、剣を抜いて駆け出した。
「オォッ!!」
兵たちがそれに続く。
マリウスは渡し板の上を駆け抜け、城壁の上に降り立つと、目の前にやってきた敵兵を斬り捨てた。
後ろから兵たちがついてきているのを確認しながら進む。早く下へ降りる道を探さなければ。
マリウスののっていた攻城塔を登り、続続と兵たちがダナティアの城壁に侵入しているのが見えた。
ダナティアは城壁都市だった。都市の周りには赤煉瓦でつくった円錐形の屋根をかぶせた二十四の塔が建ち、塔と塔をつなぐように城壁がつくられている。
塔の階段を使わなければ、下には降りられない。マリウスは行く手を邪魔する敵兵を屠りながら、一番近い塔を目指して進んでいた。
塔まで後五尋。雑兵を十三人倒したところだった。塔の中から兵を引き連れた将が飛び出してきた。
「我が命に代えても、ここから先へ行かせるものかッ!!」
将がマリウスに向かって突っ込んできた。
振りおろされた剣をマリウスは受けた。
将がぎりぎりと剣を押し込んでくる。剣の柄を両手で握って、マリウスは耐えた。
将は首を後ろに向けて吠える。
「皆、私に構わず行くんだ!!」
彼につき従ってきた兵たちは、剣を打ち合う彼とマリウスの横を通り抜け、攻城塔の方へと走って行った。
将は後ろに退くと、二合、三合と容赦なく打ち込んできた。
無駄の無いその動きに、彼が修練をよくしてきたことが知れた。
「オードラン公爵!!」
呼び声のした方にマリウスは視線を流しやった。
バシュレ侯爵が兵を引き連れ、塔から姿を現す。
彼の甲冑は、返り血と城門爆破の時にかぶった煤でよごれたいた。
マリウスは軽く首を左右に振り、助けはいらないと伝える。
バシュレ侯爵は頷き、ダナティア攻略の第一の足がかりとすべく塔を確保するために兵を展開させる。
「うりャッー!!」
将が掛け声を上げ打ち込んでくる。
さき程までと変わらぬ無駄のない動き。しかし、その気に乱れを感じる。
当然だった。マリウスとバシュレ侯爵の隊の先制を皮切りに、ダルバード帝国軍の第一陣は続続と城壁に攻め入っていた。
入り乱れて戦う両軍。しかし、数の多いダルバード帝国軍は攻勢に勝っていた。
城壁を守るダナーン聖公国軍がじりじりと後退していく様が、ここからはよく見えた。
将は一歩下がって間合いを取る。
「負けるものかッ!!」
気勢を上げて再び打ち込んできた。
マリウスは斜めに構えた剣でそれを軽くいなし横に出る。
鎧と兜の間のわずかな隙間に剣を差し込んだ。
血管の切れる手ごたえがする。
マリウスは剣を引き抜いた。
将の首から血が噴き出す。
嗅ぎなれた血のにおい。生温かい飛沫がマリウスの頬にかかる。
「――なっ、なっ、何が……」
将は左手を首に当ててふり返るとよろよろと後ずさる。
押さえきれなかった鮮血が指の間から溢れだし、将の甲冑に覆われた手を真っ赤に染め上げていた。
止めをさすべくマリウスは剣を構えなおし、将へ向かって走り寄る。
将の首のあたりを目がけ、剣をなぎ払った。
首の骨の折れる音がする。
将はその場に膝をつき、剣を離すとぐらりと後ろに倒れる。
切っ先を将に向けてマリウスは近寄る。血走った目をかっと見開き、将はすでに事切れていた。
「オードラン公爵」
後ろからした声にふり返る。バシュレ侯爵が小走りこちらへやってくるところだった。
「あの塔は押さえました」
マリウスは頷く。
「あとは二陣に任せ、我等は王宮へ向かいましょう」
「ああ」
マリウスは外套の裾で剣にこびりついた血と脂をぬぐう。
城壁の外に目を転じれば、マリウスたち一陣が切り開いた路を辿って二陣も次次と兵を進めていた。
波状に押し寄せるダルバード帝国軍によって、ダナティアの城壁は徐徐に浸食されている。
ダナティアが落ちるのは時間の問題だった。
マリウスは塔へ向かって歩き出そうとした。とその時、将の首にかかった首飾りに目がいく。
オオカミの牙を飾りとした首飾りは見たことがある。
兵たちの中にいるシラールの民がよく、幸運のお守りだと持っていた。
「なぜ?」
マリウスは呟く。
ダナーンの人人はシラールの民を蛮族と嫌っていたはずだ。
白いオオカミの牙は将の血にまだらに染まっている。
マリウスは将の横に膝をつき、首飾りの飾を持ち上げた。
牙の根元をぐるりと一周取り囲んで精緻な帯状の彫りが入っている。その溝にまだ乾ききらない将の血が溜っていた。
「オードラン公爵っ」
バシュレ侯爵が塔の入り口に立って呼んでいる。
マリウスは首飾りの飾をつかむと、剣で首飾りの紐を切った。
爆音がして、王城全体が揺れる。
「――きゃッ……」
クローディアは小さく悲鳴を漏らし、慌ててシリアナにしがみついた。
シリアナはしっかりとそれを抱きとめる。
二人はクローディアに与えられた客間の長椅子に身を寄せ合って座っていた。
クローディアの華奢な体が、シリアナの腕の中で小刻みに震えている。
「巫女様」
「――シリアナ……」
体をすくめたまま、まんまるい鳶色の瞳に涙を一杯にためて、クローディアが見上げてくる。
「お気を確かになさいませ」
シリアナはクローディアの二の腕を二三度叩き立ち上がった。
「イヤよ!! どこへ行くの!!」
クローディアのほっそりとした白い指が、シリアナの腕をしっかりと握っている。
シリアナはわずかに眉をひそめてそれを見下ろし、一本一本クローディアの指をほどくと、クローディアから離れた。
クローディアはずるずるとの場に崩れ落ち、長椅子の上に泣き伏した。
シリアナはクローディアに気づかれぬように小さくため息をついて、長椅子の横の引き出しに歩み寄った。
引き出しの上に置かれた花瓶に活けられた花は、世話する人もなく枯れるがままになっている。
シリアナが指先で花弁にそっと触ると、はらりと落ちた。
――まるで、ダルバード帝国軍の兵によって殺されるのを待つだけの自分たちのようだ。
その様に、シリアナはかすかな笑いを唇の端にはいで、一番上の引き出しを開けた。
そこには二振りの短剣が納められていた。
飾りのない、柄の部分に握り跡のついたよく使い込まれた一本はシリアナのもの。鞘にも柄にも色とりどりの宝石のちりばめられた、もう一本のものはクローディアのだ。
シリアナは短剣を手に長椅子まで戻ると、クローディアの横に座って、彼女の両肩を持って抱え起こした。
「巫女様、よくお聞きください」
両手で顔を覆って泣くクローディアは、いやいやをする子どものように首を振った。
「巫女様」
シリアナは苛立ちを抑えて、強い声で言う。それにはっとはじかれたように、クローディアが顔を上げた。
「よいですか、巫女様」
シリアナはか弱い姫をおびえさせないようにゆっくりと、努めて穏やかな声で言った。
「昨晩、陛下が巫女様にお会いにいらしたのは覚えていらっしゃいますね」
クローディアがこくこくと首を振る。
「その際に、巫女様に短剣をお授けになったことも覚えておいでですか」
クローディアが再び首を縦に振る。
シリアナは右肩をクローディアの肩から離すと後ろを探って短剣を取り、クローディアの前に掲げた。
「何のために、陛下がこの短剣をお授けになったかはおわかりですね」
「イヤ、イヤよシリアナ、私にはできないわ……」
クローディアは短剣を見つめて、長椅子の上で後ずさる。
肘かけに阻まれてとまると、クローディアはわっと泣き崩れる。
クローディアの体をシリアナは抱きとめた。
クローディアが落ち着くのを待って、シリアナは語りかけた。
「巫女様、敵の手に落ちればどのような扱いを受けるかわかりません。その時が参りましたら、陛下から賜られた短剣で、ためらわずに喉をお突きください。私が最期までお守りいたします」
「――わかったわ……」
シリアナにしがみついたまま、クローディアが言った。
ダナーン聖公国は城壁の守りに多くの兵を割いていたらしい。
ダルバード帝国軍の一陣の前に、ダナティア城はあっけないほど簡単に落ちた。
マリウスはダナーン王の姿を求め、王宮を奥へ奥へと進んでいた。
王宮の中に人影は少ない。手当たり次第に扉を開けて中を見て行ったが、ほとんどの部屋に人はいなかった。
時折どこかから女性の叫び声が上がる。
長い行軍の間、男ばかりの軍隊にあって禁欲生活を強いられた兵たちにとって、彼女たちは格好の餌食だ。
彼女たちの運命を思って、マリウスの胸が痛む。
マリウスはそんな感傷を打ち消すようにぶるりと頭を振って、先を急いだ。
その時も特に考えがあったわけではない。常と同じようにマリウスは手近な扉を開いただけだった。
だが部屋の中を見た瞬間、マリウスは後悔する。
一人の少女が部屋の中央に置かれた長椅子の背に片腕をかけ、右手と右脚をだらんと床にたらして、しどけなく横たわっていた。
その上に一人の兵士がのしかかり、懸命に腰を振っている。
男の動きに合わせて長椅子が、ぎしぎしと鳴っていた。
少女の着衣の前は破かれ、スカートの裾は太ももまでめくれあがっている。
男はむき出しになった少女の小さな胸を武骨な手で鷲掴みにし、やわやわと揉んでいた。
男の手の形に合わせ、少女の白い胸がいびつに歪む。
仰向けになった少女の表情はマリウスの方からはうかがい知れなかった。
男が怒張を深く差し込む度、少女は細い喉をそりかえらせて、くぐもった声で呻いていた。
きつくつむった少女の目から、涙がとめどなく流れ落ちていた。
人の気配に気づいたのか男が動きをとめて、マリウスの方を見た。
「溜ってるんじゃないか、あんたもどうだい?」
男はにやりと笑い、拳から突き出した親指を下に向け少女のことをさした。
少女が首を回し、マリウスのことを見る。
マリウスの姿を認めた瞬間、少女の瞳におびえが走った。
少女は長椅子の上をいざって逃げようとした。
それに気づいた男が、拳で力任せに少女の頬を殴った。
「暴れるんじゃねぇ!!」
その衝撃に少女はうつ伏せに床に転がり落ちる。
破瓜の証だ。少女のスカートの後ろは鮮血に濡れていた。
男は少女の肩を掴んで仰向けにすると、その小さな体に馬乗りになった。
「アンタが大人しくしてたら最後まで可愛がってやろうと思ったが、やーめたっと。どうせやることは一緒だしな、大人しくしててくれた方が楽でいいや」
言って男が少女の首に手をかけた。
男の下で少女がもがく。
少女は顔を真っ赤にし、新鮮な空気を求めて口をぱくぱくと開け閉めしていた。
両手で男の手を引っ掻き、足をばたばたとさせ男から逃げようとしていた。
深呼吸するように少女の胸が大きくうわずった。
そして少女の全身から力が抜ける。
少女の手がぱたりと落ちる。曲げていた少女の右足がゆっくりと床に崩れ落ちた。
男は大きく息を吐いて、少女の首から手をどけた。
男は立ち上がり少女の上からどいた。
長椅子の膝掛けに立てかけてあった剣を取ると、少女の服を下から上へ一気に引き裂いた。
「これで思う存分楽しめるや。あんたもどうだい?」
男はマリウスに下卑た笑いを向けて言った。マリウスは首を振って扉を閉めた。
マリウスはダナーン聖刻国王の姿を求め、さらに王宮の奥へと進んだ。
「早く、奥へ」
しばらく歩いていくと、扉の向こう側から若い女の声がした。
マリウスは足を止める。部屋の中に人がいるようだ。
マリウスは扉を開けた。
十五六の少女が隣室に続く扉を背に立っていた。敵国の兵であるマリウスの姿を見てもおびえることをせず、黒目がちな瞳をしっかりとこちらに向けていた。
マリウスは部屋の中に足を踏み入れる。後ろ手に扉を閉めた。
少女は真っ直ぐに背を伸ばし、マリウスのわずかな動きも見逃すまいとするように、こちらを見つめている。
少女をおびやかしたくはなかった。マリウスはゆっくりと足をすすめ、腕を伸ばせば少女に手が届く直前の距離でとまった。
「王の居場所を知っているか?」
「私は陛下の御座所を存じ上げる立場にございません。ご用がそれだけでしたら、お立ち去りください」
少女は凛とした声で言った。
「他に人がいたようだが」
少女の後ろの扉を見て、マリウスは訊ねた。
「もし奥の部屋へ行くというのなら、私を斬り捨ててからお進みください」
少女は胸を張り、マリウスの前に差し出した。
マリウスに少女を傷つけるつもりはなかった。
持っていた剣を鞘にしまい、少女との距離を一歩縮める。
少女は少しも動かずに、マリウスのことを見つめていた。
マリウスは少女の細い上腕に右手をあてると、少女を脇にどけるため右手を横にはらった。
少女は素直にマリウスの前から退いた。
マリウスはまた一歩進むと、取っ手に手をかけ扉をあけた。
寝台の上に一人の少女がこちらに背を向け座っている。背の中ほどまで伸びた亜麻色の髪が、豊かに波打っていた。
彼女はこちらを振り向くと、ひっと悲鳴を喉に張り付かせてマリウスのことを見た。
少女は両手で手柄に色とりどりの宝石をあしらった見事な短を握っていた。その切っ先は喉元に当てられていた。
マリウスが部屋の中に足を踏み入れると、少女は手から短剣を取り落とし、気を失って前に倒れる。
その時、城全体を揺るがすような、大きな鬨の声があがった。
マリウスも扉の前にいた少女も一瞬身を固くして、その声を聞いた。
その余韻が消え去ると、絨毯の上を引きずるスカートの裾の音がした。
マリウスはふり返る。扉の前に、扉を護っていた少女が立っていた。
「王の身が帝国の手に堕ちたようです」
少女が静かに言った。
「情けがございましたら、どうか主の身とこの身を貴方様の剣で屠ってくださいませ」
少女は部屋の中に入ってくると、マリウスの前で膝をついた。
少女が頭をたれると、癖のない黒い髪が左右に分かれ、少女の白いうなじがマリウスの前にあらわになった。
「貴女の祖国は負けた。貴女の安全は私が保証する。その身を私に預けるというのなら生きてはくれまいか」
マリウスは膝をつき、少女の頬に手をそえると顔を上げさせた。
少女の黒い瞳が真っ直ぐにマリウスのことを見つめる。
「私の主が誰か御存じですか?」
マリウスの掌の中で、首を傾げて少女が訊ねた。
「否」
マリウスは首をふった。
「私の主は、ダナーン聖公国第一王女・クローディア様、そしてこの国の守護神ダナティアに仕える巫女様です。ダルバード帝国進攻の報を聞き、多くの有力貴族達が国を捨て逃げだしました。ですが信仰の中心でもあり、王家の血を継ぐクローディア様を生かしておけば、彼等にとってダナーン復興の旗頭ともなりえます。騒乱の芽は未然にお摘みくださいませ」
「だが貴女は違う。貴女の主が帝国の仇となるというのであれば、私は貴女の主を殺そう。だが、貴女は殺さない」
「私は異母兄と約束しました。最期の時まで巫女様をお守りすると」
それから少女の動きは素早かった。
ぱっと体を後ろに引くと、そのまま前に転がってマリウスの横を通り抜ける。
寝台の脇までいくと、横たわるクローディアの横に落ちている短剣を手にし、立ち上がる。両手で短剣を持つと、マリウスに向かって構えた。
少女の視線は落ち着いてマリウスに向けられている。短剣を握る手は震えもせず、その切っ先は、兜と鎧の間のわずかな隙間から見えるマリウスの首元を狙っていた。
堂堂としたその様は、剣を扱うことに慣れた者のものだ。少女と侮れば殺される。マリウスは仕方なく剣を抜く。
「私は貴女と争いたくない。剣を下ろしてくれないか」
剣を少女に向け、マリウスは頼んだ。
「私には私の義務があります」
少女がマリウスの方へ駆け寄ってくる。
少女は右横から短剣を差し込もうとしていた。
マリウスは首の横で右手を曲げ、甲冑の腕の部分で少女の短剣を防いだ。
少女は後ろの飛びの退き、再びマリウス目がけて駆けてきた。
マリウスは体を反転し、正面から少女と対峙する。
平らな部分を自分に向け縦に構えた剣で、少女の短剣を受ける。
少女の手から短剣が弾け飛んだ。
少女はその場に崩れ落ちる。両手を床につき、うなだれた。
「お願い、わたしを殺して」
「貴女は殺さない。貴女は私のものだ」
マリウスは宣言し、彼女の肩をつかむと立ち上がらせた。
少女が顔を上げる。瞳に困惑を浮かべ、マリウスのことを戸惑った表情で見つめている。
「貴女以外に何もいらない」
マリウスは兜をその場に投げ捨てると、少女を抱きよせ口づけた。