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第一章

3

 シリアナは、ダルバード帝国軍陣営の中にある天幕の一つにいた。
 五日前、クローディアと二人、マリウスと名乗る敵将によって連れてこられたのだ。
 この戦いで多くの人が死んだ。
 ダナーン聖公国王エルネストとその幼い息子のオクタヴィアンも殺された。
 二人の遺体は首を切られ、帝国軍によって爆破された城門の上からつるされた。
 二人の首は城門の前に立てられた杭に刺され、野鳥がついばむにまかせられていた。
 シリアナとクローディアはマリウスによって馬に乗せられ、ダナーン城からダルバード帝国軍陣営へと運ばれる際にそれを見た。
 一番柔らかい目の部分はすでに鳥に食べられ、眼窩の骨が丸見えになっていた。
 オクタヴィアンの柔らかかった亜麻色の髪には、血がべっとりとこべりつき、前髪は額に張りついていた。
 オクタヴィアンの大きく開いた口からは、死の直前の悲鳴が今にも聞こえてきそうだった。
 二人の遺体を見て以来、クローディアは何もしゃべらない。
「姫様、お食べにならないと」
 シリアナは向かいに座るクローディアに言った。
 クローディアはうつむいて、何も言わない。
 出される食事は、行軍用の携行食ばかりだった。
 木製の皿にのせられているのは、山羊乳のチーズと干したイチジク、それに酢漬けのたまねぎ、それから固く焼いたパンだった。
「姫様にとられては粗食かもしれませんが、一口でも食べないと体がもちません」
 クローディアは緩慢な動作で顔を上げ、表情のない血の気の引いた真っ白な顔でシリアナのことを見ると、大きくため息をつき、再び面をふせた。
 クローディアはかろうじて水は飲むが、それ以外は口にしない。
 クローディアにその気がないのであればしかたがない。シリアナに無理矢理食べさせるつもりはなかった。
 シリアナは、山羊乳のチーズをナイフでけずって、固く焼いたパンの上にのせるとかぶりつき、前歯で引きちぎった。
 奥歯でよく噛んで咀嚼する。
 パンが唾液と混じり、ほのかに小麦の匂いがする。口の中で溶けたチーズの香りが鼻へとぬける。
 食べられる時に食べ、眠れる時に眠る。
 生きるのに必要な第一のことはそれだ。
 シリン高原での遊牧生活の中で学んだことだった。
 シリアナが木皿の上の食事をかたずけ、水を飲んでいると入り口の番をしている兵が敬礼し、気を付けをする音がした。
 天幕の入り口に垂らされた布をかき分け、マリウスが入ってくる。
 シリアナは立ち上がり彼を迎えようとしたが、肘を折り曲げ、右手を挙げたマリウスが、掌を軽く下に振り、それを制す。
 シリアナは浮かした尻を元の位置に戻し、居ずまいを正した。
 シリアナが顔を向けると、マリウスはほほ笑んだ。
 クローディアはちらりとマリウスのことを見て、再びうつむく。
 マリウスはクローディアの皿の上に載った、手つかずの食事を見て眉をひそめた。
 シリアナは首を振って、それに応えた。
 マリウスは頷くと、シリアナの横にあった椅子を引き、少し斜めにする。シリアナの方へ体を向け腰かけた。
「不自由はしていませんか」
 マリウスが訊ねる。
 シリアナは首を振った。
「いいえ。国を失った私たちはどのような扱いを受けも不満は申せませんのに、このような立派な天幕に見張りの兵士までつけていただき、過分なご配慮に感謝しております」
 シリアナは頭を下げた。
「毎日同じですね」
 頭の上でマリウスが笑った気配がして、顔を上げる。
 ここへ連れてこられた最初の日から、マリウスは夕食後に必ずこの天幕を訪れていたが、このやり取りはその度に繰り返されたものだった。
 いつもだったら「また明日」と言って立ち去るのに、マリウスにその様子はない。
 シリアナは首を傾げた。
「三日後、帰国することになりました。貴女がたも共に帝国へお連れします」
 覚悟していたことだった。シリアナに驚きはなかったが、一つだけ気にかかることがある。
「姫様については、どのような処遇をお考えですか?」
 シリアナの父アンブロワーズは、亡きダナーン聖公国王エルネストの弟だった。ダナーン族のみで形成されるダナーン聖公国は、民族の純血主義が強かった。ダナーン族からは蛮族と呼ばれるシラールの民を母としてシリアナは生まれた。そのため、王弟アンブロワーズの娘ではあったが、シリアナは王族ではなかった。王家の一員とは言えないシリアナのことはともかく、ダナーン聖公国再興の旗頭ともなりえるクローディアを、帝国が生かしておくとは思えない。
 王都から逃亡した有力貴族たちへの見せしめのために、クローディアが惨い殺されるのであれば、今ここでクローディアの命を奪うべきだろうか。その後に自らも自害して果てればいい。
 故郷も国も失った今、シリアナに失くして惜しむものは何もない。
 シリアナは横目で、クローディアのことを見た。
 二人の会話が耳にはいっているのか、自分のことが話題になっているというのに、クローディアは下を向いたまま微動だにしない。
 マリウスが首を振った。
「今の私に約束できるのは、帝都までの貴女がたの身の安全です。ですが、早計な行動は慎んでいただきたい」
 マリウスが、菫色の瞳で見つめてくる。
 その強い意志のこもった瞳は、たとえシリアナ自身であっても、自らの戦利品を奪うことは許しはしないと告げていた。
 シリアナは敗戦国の人間だ。今、シリアナの全てに対する決定権はマリウスにある。
 生死すら自由にならない。
 天幕の入り口におかれた兵は、無頼の兵たちからシリアナとクローディアを護るためでもあるが、同時に、シリアナとクローディアが自害するのを見張る意味もあるのだとシリアナは知っていた。
 初めて逢った時に宣言した通りに、マリウスはシリアナを自分のものにする。
 それは予感ではなく確信だ。
 そして独断でシリアナとクローディアの二人に天幕を用意し、そこに見張りの兵を配した彼にはそれだけの力がある。
 出逢ったあの日、抱きしめられた男の腕の力強さと、唇に感じた吐息の熱さを思い出す。
 シリアナは胸の前で交差させた手で、左右の二の腕を触った。
「寒いですか?」
「いいえ」
 マリウスに訊ねられ首を振る。
「貴女の意思がどうあれ、私は約束を守ります」
 その言葉に、シリアナはマリウスのことを見つめた。
「それではまた明日」
 マリウスは立ち上がり、天幕を後にした。


 クローディアは寝返りを打った。
 毛布を頭から被ったまま、目を開ける。
 真っ暗だ。
 だが眠れない。
 いや、眠りが浅いのだ。
 目を閉じれば夜の闇に誘われて、うとうとと眠りに落ちる。
 けれども心地よい眠りは訪れない。
 頭の中ではここ数日の記憶が、バラバラに舞っている。
 攻め入る帝国軍が城の一角を爆破した時、城全体を揺らした轟音。気絶したクローディアが意識を取り戻すと、敵将に横抱きにされ、硝煙と血の匂いのする城の中を進んでいた。男も女も関係ない、城のあちこちには胴や首から血を流し、倒れた死体が転がっていた。
 クローディアは初めて見る人の死が怖くて、敵将の首にしがみつくと、敵将の肩口に顔を寄せ、ぎゅっと目をつむっていた。それでも、鼻腔の奥をくすぐる、そこらじゅうに充満する鉄錆びた血の匂いはなくならない。むしろ男の汗と、甲冑の鉄と、甲冑を手入れするために使われた油の匂いがそれに混じって、これが戦なのだとクローディアに現実を突き付けた。
 それなのに、いつもと変わらぬ様子で後ろからついてくるシリアナの足音。
 なぜ彼女は平気なのか。
 そっと目を開け、男の肩口から背後をうかがう。
 シリアナはぴんと背を伸ばし、前を行く男の背だけを見つめて歩いている。
 彼女の夜の闇より深い色をした黒い瞳は、クローディアが恐れる、そこにある悲惨な死は映していなかった。目の前に死体が現れても、彼女はスカートを軽くつまんで裾を上げるとぴょんと跨ぎ越し、時には死体を回り込んで避けて、先へ進むのだ。
 クローディアと目が合うと、シリアナは軽く首を傾げた。
 シリアナの癖のない真っ直ぐな黒髪が、さらさらと揺れる。
 クローディアは慌てて目をつむり、額を敵将の肩口に押しつけた。
 ――シラールの蛮族……
 だからだろうか。
 彼女は、地母神ダナティアの恵みを与えられたダナーン族とは違う。
 ダナーン族は、地母神ダナティアの血脈に連なる輝かしき民族だ。
 それがこのようにむざむざと殺されていい訳がない。
 それなのに、王宮のこの惨状。
 女神ダナティアは、ダナーン族のことを見捨ててしまわれたのだろうか。
 ――ダナティアは、自らの子どもたちであるダナーン族を見限ったのだ。
 ――だからダナーン聖公国は滅びた……
 つむった目のまなじりから涙があふれ出し、頬を伝って流れおちた。
 蛮族であるシリアナに、女神に見捨てられ絶望したクローディアの気持ちはわからない。
 敵将の首にしがみつくと、声を上げずにクローディアは泣いた。
 王宮を出ると、敵将はそばにいた兵に声をかけ、馬を二頭都合した。
 シリアナは、馬を連れてきた兵士の手を貸そうという申し出を断り、一人で鞍に跨った。
 敵将は肩から外套(マント)を外すと、それで頭からすっぽりとクローディアを包み込み、クローディアを抱き上げて馬に乗せた。
 クローディアの後ろに敵将が乗り、腕の中にクローディアの体を抱え込んで手綱を握った。
 シリアナのことを敵将の肩越しに見る。
 馬を連れてきた兵が、敵将の操る馬につけられた鞍の後ろに、シリアナの乗る馬の手綱をくくりつけているところだった。
 敵将が手綱を振ると、馬が歩き出す。
 馬が一歩踏み出す度に左右に体が振られ、横乗りをしているクローディアは落ちそうになるが、敵将の腕がクローディアの体をしっかりと支えていた。
 シリアナは、鞍の前橋の中央から突き出た握りを持って、慣れた様子で馬に揺られていた。
 王宮から城門へと続く王都の目抜き通りを進む。そこは戦いの痕が生生しかった。
 血を流して倒れる人。怪我をした人のうめき声。動かなくなった人の腹は、柘榴のようにぱっくりと割れ、赤黒い臓物が飛び出している。そこに目ざとい蝿たちが、羽音を響かせたかっていた。
 ――何も見たくない。聞きたくない。
 クローディアは敵将の外套(マント)の中で身を小さくし、目を閉じ、両手で耳をふさぐ。
 耳の奥を流れる血潮の音がした。
 ――私は生きている。
 その音に、現実を教えられる。
 クローディアは小さく頭を振って、目を開けた。
 ちょうど城門をくぐるところだった。
 城門の下でぶらぶらと揺れる、大小二つの影が見えた。
 真下から見た時はそれがなんだかわからなかったが、城門から離れるにつれ、クローディアの瞳の中に、影はしっかりとした姿を結ぶ。
 首を斬られた、大人と子供の死体。
 首の切断面あたりに、うるさく蝿が飛びまわっている。
 二人の身に付けた衣装は、まだ乾き切らない血に汚れていた。
 一体誰の、とクローディアは思う。
「王サマたって、これが最期じゃぶざまだな」
 クローディアの乗る馬の横を歩いていた兵が、呟いた。
 では、これが父なのか。
 城門の下で揺れる大きな方の死体を、クローディアは見つめる。
 でっぷりと突き出した腹。短い手足。大きな宝石をあしらった指輪のついた指。
 ダナティアに仕える巫女として、幼い頃に神殿に入ったクローディアには、顔のない状態でそれを父と判別するのは無理だった。
 王宮には、敵に攻められた時に備えてつくられた、脱出用の秘密の通路があるという。
 ではこれは身代わりで、父王は無事逃げたのかもしれない。
 父王が生きていれば、ダナーン聖公国は再興できる。ダナティアはダナーン族に希望を残したのだ。
 そんな期待が、クローディアの胸に湧き上がる。
 だが次に見た光景に、クローディアの期待は崩れ去った。
 クローディアの乗った馬が、地面に立てられた二本の木の杭の間を通る。
 先の部分を削って尖らせた杭の先端に、人の首が刺されている。
 左手の一つは子供のもの、右手の一つは大人のものだ。
 顔の中でも頬などの柔らかい部分はすでに鳥に啄ばまれてしまい、皮膚がめくれ、肉がえぐられ、ドロドロとした黄色い脂肪の欠片がくっついた骨が見えていた。目はすでになくなり、落ち窪んだ眼窩の骨が丸見えになっていた。
 子供方は口を大きく開け、何か叫んでいた。
 大人の方は口をまっすぐに結んでいる。
 大人の方には、額の左から眉毛の上にかけて広がる紫斑があった。
 いびつな逆三角形のような形の痣は、父と同じだ。
 では、この遺体はやはり父なのか。
 そしてその隣のクローディアと同じ亜麻色の髪をした子供の遺体は、弟のものだろうか。
「ご覧にならない方がよろしいでしょう」
 敵将が、片手でクローディアの頭を鎧の肩に押さえつける。
 その強い力に逆らうことはできない。
「陛下と王子なの……」
 クローディアは顔を伏せたまま訊ねる。
「――はい……」
 敵将の応えに、地母神ダナティアに愛されたダナーン族の国――ダナーン聖公国――は滅びたのだと、クローディアは悟った。
 戻れるものなら、シリアナに自害をすすめられ、一人寝室に押し込まれたあの瞬間に戻りたい。
 今ならば、ためらわずに自らの命を絶つのに。
 敵将の情けにすがり、命を永らえている今が情けなかった。
 クローディアは、夜着の胸元を左手で強く握った。
 胸の中に、もやもやとしたしこりがある。
 後悔の塊だ。
 じっとしていたらそれが体のすみずみまで広がりそうで、いても立ってもいられなくなる。
 叫び出してここから逃げ出したい気がして、クローディアは寝台の上に体を起こした。
 胸元からせりあがってきた叫び声を、喉の奥でぐっと飲み込む。
 焦燥感を抑えるために毛布をきつく握って周囲を見れば、天幕の反対側でシリアナが静かに寝息をたてて眠っていた。
 混血の彼女には、女神ダナティアに愛された民族である、ダナーン族としての誇りはない。
 だから、帝国の人間に唯唯諾諾としたがうのだ。
 彼女を信じることはできない。
 クローディアは決意する。
 王都から逃げ延びた貴族が多くいる。彼らを頼って身を寄せれば、ダナーン聖公国再興のために力を貸すに違いない。
 マリウスは三日後に、ダナティアを発つと言っていた。
 その前に、ダルバード帝国軍の陣営から逃げださなければ。
 幸い今宵は新月だ。
 闇がクローディアの姿を隠してくれるだろう。
 クローディアはそっと毛布をはいで、寝台から足を下ろした。
 地面の上に直接敷かれた毛足の長い絨毯に、クローディアの小さな足が触れる。
 絨毯の上をつま先で探って、靴を探すと足を滑り込ませた。
 寝台から立ち上がり、クローディアは足音を立てないように気をつけながら歩き、長持ち(チェスト)の上に折りたたんでおかれた外套を手にとって広げ、頭から被って体に巻きつけた。
 天幕の入り口には不寝番の兵がいる。
 だが、円形の天幕の周囲に兵が置かれているわけではない。
 兵がいるのと反対側からならば、簡単に抜け出すことができるのではないか。
 クローディアは、長持ち(チェスト)の横の天幕の布を、そっと持ち上げてみた。
 人一人、屈めば通り抜けられそうな隙間ができる。
 クローディアは腰を丸めて体を小さくすると、その隙間から外に出た。
 外に出ると四方に天幕があった。
 周囲の天幕は皆後ろを向いていた。
 天幕は縦横に整列し、規則正しく並んでいる。
 横二列が背中あわせになり、向かい合う側の天幕との間に通路を作っている。
 見張り番のいる天幕もあれば、いない天幕もあった。
 クローディアは少しうつむき加減に、天幕と天幕の間にできた影の中を進む。
 誰にも気づかれることなく、天幕の立てられた一帯を抜けた。
 クローディアは頭から頭巾(フード)を外し、辺りを見回した。
 二十歩ほど先に、焚き火の明かりとその周りに円陣を組んで座る四五人の男たちの影が見えた。
 炎が伸び縮みする度、地面に落ちた男たちの影も揺れる。
 男たちの後ろにはすでに空になった白い陶器の酒瓶がいくつも転がり、まだ封を開けていない酒瓶も横に何本もおいてある。
 男たちは肩を組み、酒を入れた木製の杯を高く掲げて、陽気に歌っている。その声がクローディアのところまで聞こえてきていた。
 男たちは歌い終えるとどっと笑い、杯の中身を飲み干した。酒瓶を手に取り、互いに酒をつぐ。
 焚き火の右に座っていた男が、首をまわしてこちらを見た。
 クローディアと視線が合う。
 男は、隣にいた若い男の脇腹を肘でつついた。
 若い男がふり返る。
 若い男がクローディアの姿をとらえる。若い男は脇腹をつついた男と顔を見合わせた。二人は下卑た笑いを浮かべる。
 二人が立ち上がり、こちらへ向かって走りだす。
 クローディアは走った。
 どうしたんだと残された男たちが訊ねる。二人の男が女だ、と答えると残りの男たちも立ち上がり、クローディアを追いかけた。
 外套が脚にからまる。
 後ろからクローディアを追いかける足音が聞こえる。
 クローディアは懸命に足を動かしたが、背後の足音は遠ざかるどころか近づいてくる。
 男たちの荒い息遣いがすぐ後ろに聞こえる。
 クローディアの肩に、男のごつごつとした分厚い手がかかる。
 そのまま男の方へ引き寄せられ、腰を掴まれた。
「ヤッ!!」
 かすれた声がでる。クローディアは身をすくませた。
 体中が縮こまっている。助けを呼ばなければと思うが、喉の奥がぎゅっとしまって思うように声がでない。
 男は、胸の中でクローディアの体を反転させると、そのまま肩に担ぎあげた。
 後からやってきた男たちが、クローディアを捕まえた男のことを、口ぐちに褒める。
 クローディアは男の背を叩き、脚をばたつかせたが、男はびくともしない。
 そのまま男たちによって、焚き火のある場所へと連れて行かれる。
 焚き火の横に、背中から乱暴に下ろされた。
 痛みを感じる間もなく、男の一人がクローディアの脚を開き、その間に体をすべり込ませてきた。男はクローディアの両肩を押さえ、抵抗できないようにする。
 クローディアは体をひねってみたり、自由にならない手と足を動かしてなんとか男から逃げようとした。
 後から追いついた男たちが、クローディアとクローディアの上にのしかかる男の周りに立った。
 男たちは、男から逃れようとしているクローディアの様を見て、げらげらと笑う。
「ずりぃな。お前だけ楽しむつもりか、ブレーズ」
「オレが捕まえたんだ。一番はオレに決まってる。お前たちには後で回してやるよ」
 訊ねてきた男に、クローディアの上にのしかかるブレーズと呼ばれた男は応えた。
「しょうがねぇな、壊しすぎるなよ。オレたちの楽しみがなくなっちまう。みんな飲もうぜ」
 男は言って、他の男たちを引き連れ、焚き火の反対側に移動した。
 ブレーズとクローディアの二人きりになる。
 他の男たちは焚き火の反対側に円陣を組んで、再び酒盛りをはじめた。
 ブレーズはクローディアの両手首を左手つかみ、万歳をさせるようにクローディアの腕を頭の上に伸ばす。空いた方の手で器用に(ベルト)を外し、それをクローディアの手首に巻きつけて拘束する。
 男がクローディアの上から退く。
 男の重圧から解放されたクローディアは、その場から逃げようとしたが、クローディアが立ち上がるよりも早く、男はクローディアの腰を掴んでクローディアをうつ伏せにする。男は再びクローディアの脚の間に体を落ちつけると、下からすくい上げるようにしてクローディアの腰を持ち上げた。
 男は外套の裾ごと、クローディアのスカートをめくりあげた。
 クローディアの細い脚が外気にさらされる。
 寒くはない。むしろ横の焚き火の炎の熱に照らされ、素肌がちりちりと痛んだ。
 この後どうなるかなんて知りたくない。クローディアは細かい砂の粒子でざらつく地面に頬をつけ、きつく目をつむっていた。
 男の節くれだった太い指が、クローディアの下穿きにかかった。そのまま一気に、太ももの中ほどまで下ろされる。
 男はクローディアの太ももに両手をかけ、脚をさらに開かせた。
 生まれてから一度も他人に見せたことのない場所が、外の空気に触れる。
 男はクローディアの股に右手を差し込むと、掌でクローディアの下腹部から下生えをたどって、指先が股ぐらに当たった辺りでぴたりと動きをとめた。そこで何かを探すようにゆっくりと指を動かす。
 クローディアは怖くて、地面についた肩と膝でいざって逃げようとしたが、男に腰を抱きすくめられ動きを阻まれた。
 その間も男の指は、クローディアの股ぐらを行き来きする。
 男が何をしたいのか、クローディアにはわからない。
 だが、いいことなはずがない。恐怖から涙があふれた。
 男の指が一点でとまる。そのままクローディアの(ナカ)に一気につきたてた。
 クローディアには何がおこったのかわからない。
 クローディアの全身を痛みが支配する。
「イヤァぁッーーーーー」
 やっと、クローディアの喉から悲鳴がほとばしった。
「ようやく調子にのってきたじゃねぇか」
 後ろから、男の下卑た笑い声が聞こえた。
 男が前触れもなく、クローディアの(ナカ)から指を引き抜く。
 引き攣れた痛みを感じる。
 男の興奮した息遣いが、クローディアの耳朶を犯した。
 クローディアは逃げようともがいたが、しっかりと腰を掴んだ男の腕はそれを許さない。
 クローディアの後ろで、男はズボンと下穿きを下ろし、滾った己の欲望をあらわにした。
 男がクローディアに腰を押しつける。
 クローディアは、股の間に男の熱を感じた。その時だった、
「何をしている」
 大きくはないが、男の動きをとめるには十分な、凛とした声が聞こえた。
 クローディアはゆっくりと目を開け、背後を見た。
 目鼻立ちのすっきりと通った、涼やかな顔立ちをした青年が立っていた。
 青年の姿を認めると、男は慌ててクローディアの後ろから離れ、その場に叩頭する。
 焚き火の反対側にいた男たちも同じように、慌てて居ずまいを正し、地面に額をこすりつけ、青年に向かって頭を下げた。
 青年は白い夜着を着ていた。その上に、青い絹の室内着(ガウン)を羽織っていた。
 青年は男たちのことを無視し、クローディアに近づく。
 青年は何をするつもりなのか。
 先ほどの男と同じように、クローディアに無体を強いるのか。
 腰を上げ、尻を突き出したはしたない姿勢のまま、クローディアは動けない。
 青年は一瞬目を細め、痛ましげにクローディアのことを見ると、クローディアの横に膝をつく。優しく御クローディアの肩を掴んで、クローディアのことを立たせると、自らの室内着(ガウン)を脱ぎ、クローディアの肩にかけた。
 室内着(ガウン)前身ごろの端を両手でしっかりと持ち、青年の体温が残る室内着(ガウン)の前をしっかりと合わせる。
「怪我はありませんか」
 青年に訊ねられ、クローディアは頷いた。
「よかった」
 青年の(いら)えに、助かったのだとクローディアは思った。あのまま男の好きにされていたらどうなっていたのだろうか。頭の中によぎった考えに、今更ながらに恐怖に膝が笑いだす。
 自分の力で立っていられなくなる。地面にへたり込みそうになったクローディアの体を、青年は優しく抱きとめ、支えてくれた。
 青年はクローディアは体を反転させる。クローディアは青年の肩につかまり、青年の胸に顔をうずめた。
「今日は酒の支給日ではなかったはずだが」
 焚き火の周りに散らばる酒瓶を見て、ジブリアンは言った。
 第一皇子ジブリアンは、戦が嫌いだった。
 奪略に乱暴、人間の醜さがむき出しになるからだ。
 ――今だって……
 ジブリアンは、自らの胸の中で震えている少女に視線を落とした。
 強く抱き締めれば、折れてしまいそうな華奢な体。兵士たちはこのか弱い少女を凌辱しようとしていたのだ。
 許せない。
 少女への同情心とともに、ジブリアンの胸の底から、兵士たちへの怒りが湧き上がる。
 マリウスなどは、強制徴用され命をかけて戦わせられる兵士たちにとっては、それくらいしか楽しみがないのだから放っておけと言うが、悪を見過ごすことはジブリアンには受け入れがたかった。
 だが実際に、敵地での奪略を戒める軍規はない。
 なぜならば、敵地で奪略した財は兵士たちのものとなるからだ。
 強制徴用された兵たちに保障されるのは、行軍中の食料と廉価な鉄の武器だけだ。
 兵たちにとって戦へいくうま味と言えば、奪略した品を国に持って帰って金に換えるくらいしかない。
 それを軍規で禁じれば、軍全体の統率が取れなくなる。敵地での殺掠と乱暴は公然と認められていた。
 ジブリアンは少女の体を抱く腕に力を込める。
 彼女への行為を理由に、ここにいる兵たちを罰することはできない。彼女に対し、何もできない自分が情けない。
 だが一つだけ、ここにいる兵たちを罰する理由があった。
「その酒瓶はどうしたんだ」
 ジブリアンは訊ねる。
 兵たちは叩頭したまま応えない。
 まだ封の開いていない酒瓶には、帝国軍の象徴であるグリフィンの蝋印が押されている。彼らは兵糧のなかから、酒瓶を盗んできたのだ。
 兵糧に手をつけるとは、皇帝の財産に手をつけたのも同じだ。軍規でも死罪と定められている。
 彼らに軍規を当てはめることに、ジブリアンはためらいはなかった。
「何も言えないのであればその酒を盗んだものとみなし、お前たちの将にお前たちの身柄を渡すがよいか」
 ジブリアンのその一言に、兵たちが大きな体を震え上がらせた。
 愉快だった。
 先ほどまで思うがままに少女を辱めていた男たちが、自分の言葉一つでおびえ上がる。
 与えられた決まりの中でしか、彼らは自分の力を誇示できないのだ。
 どうしてやろう。
 ジブリアンは、いびつな笑いを唇の端に浮かべた。その時だった。
「殿下」
 よく知る声が背後からしてふり返る。
 そこにマリウスがいた。
 横にジブリアンの知らない少女を連れている。
 マリウスは夜着の上に室内着(ガウン)を羽織っていない。
 代わりに少女が、男物の深紅の室内着(ガウン)を羽織っていた。
「姫様っ!!」
 マリウスの連れてきた少女は、ジブリアンの腕の中にいる少女を見て、走り寄ってきた。
「シリアナっ」
 ジブリアンの腕をするりと抜け出し、少女はシリアナと呼んだ少女に駆け寄った。
 シリアナと呼ばれた少女が、兵士に凌辱されてかけていた少女を抱きとめた。
「ご無事でしたか」
「ええ」
 少女は言って、泣き声を上げた。

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