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プロローグ
1
――シリアナ、シリアナ……。
体を揺すられ目を覚ます。真っ暗の天幕の中、何も見えない。外からは人の争う怒声、逃げまどう女子どもの甲高い声、男たちが激しく剣を打ち合う音、天幕の間を駆け巡る騎馬の音が聞こえてくる。
「レザイル?」
寝台の横に人の気配を感じる。シリアナは首をひねりながら寝台の上に体を起こした。そのまま力強い手に肩を抱かれ、寝台から下ろされた。
「君の父上からだ」
手の中に何かを握り込まされる。固い。金属だ。
シリアナはそれをしっかりと握り彼のことを見上げた。
「何が起きているの?」
衣擦れの音ととともにかすかに風が動いた。暗闇の中でレザイルの表情はわからない。だがそれでレザイルが首を振ったのがわかった。
レザイルは無言で天幕の周囲を囲む布にかけてあった外套を取り、シリアナの肩にかぶせ鎖骨の下辺りで外套の前の紐を結んだ。
「アルジ族が攻めてきた。俺たちもうは終わりだ。君の父上からバレ王家の紋章を預かった。君はこれを持ってダナーン聖公国へ逃げ、君の兄君に保護を求めればいい」
「イヤよ!! わたしは族長の孫娘よ。みんなを見捨ててわたしだけ逃げるなんてできない。わたしもみんなと一緒に戦うわ!!」
いつも寝る前に枕元に立てかけている剣を取るため、シリアナはレザイルの斜め後ろに手を伸ばそうとした。だが、レザイルのたくましい二本の腕で抱き締められ、シリアナは動きを封じられた。
シリアナの耳元にレザイルが口を寄せささやく。
「君は風の巫女だ。もしアルジ族が君を捕まえたら、ヤツらは君を奴隷とし君の力を利用する。君の父上も族長もそれを心配している」
レザイルは片手で後ろをまさぐりシリアナの剣を取った。シリアナの腕をつかむと、天幕の外に出た。
焦げ臭いにおい。襲撃したアルジ族が火をつけたのだ。一族の野営地の東の端から煙が立ち上っているのが見えた。
それとは反対側、まだ騒ぎの広がっていない方へレザイルに引っ張って行かれる。
「ヤメて!!」
シリアナは足をとめ振り返って叫んだ。
東の方の天幕から火柱が立ち上がった。部族の男達は一人残らず襲撃者と戦っているはずだ。父もその中にいるに違いない。助けにいかなければ。シリアナは必死にレザイルに抵抗したが、七歳も年上のレザイルの力にまだ幼いシリアナが敵うはずもなかった。
野営地の端までくると杭につながれ父の自慢の駿馬――グルザ――が待っていた。グルザの背には既に鞍が置かれ、鞍の後ろには寝袋と皮袋がつけられいつでも旅立てるようになっている。
シリアナがきたのを認めるとグルザはぶるぶると首を振り、前足で地面を掻いた。
「イヤよ!!」
レザイルは暴れるシリアナの体を簡単に抱えあげ、グルザの背に乗せた。
「君はいくんだ」
レザイルは馬から降りようとするシリアナの体を片手で押しとどめ、胸元から首飾りを引き出しシリアナの首にかけた。
「これを君に」
レザイルはシリアナの首から垂れ下がった首飾りの飾りを左掌にのせ二人の目の高さまで持ち上げた。白いオオカミの牙の飾り。風の巫女だった祖母からレザイルが受け継いだものだ。
「――これはあなたがお婆さまからいただいた大切なものでしょう。受け取れないわ」
シリアナは慌てて首飾りを外そうとしたが、レザイルは首を振ってそれをとめた。
「ばあさんはこれを持つものにシーリーン女神の加護が与えられるように祈りをこめ俺に授けた。俺は君から十分幸せをもらったよ。幸いの風がいつも君とともにあるように」
レザイルは短く祈りの言葉をとなえ、シリアナの左右の頬と唇に素早く口づけた。間近に感じたレザイルの体温は一瞬の間で遠ざかっていく。
初めてのことに驚いてシリアナはとっさに人差し指と中指で唇を押さえ、レザイルのことを見つめた。
「君との婚約を義務だなんて考えたことはない。いつかの日か君が俺の妻になるのを楽しみにしてた。愛していたよ」
言ってレザイルがシリアナの体を抱きしめた。
「だから頼む。君だけは生き残ってくれ」
「――わかったわ……」
懇願するように耳元で絞り出されたレザイル言葉にシリアナは頷いた。
「ありがとう」
レザイルはシリアナの体を手放しながら言い、グルザのつながれた杭の方へ歩いていく。杭に結ばれた手綱をほどくとシリアナに手渡した。
「生きてくれ」
レザイルの言葉に頷いて、シリアナはグルザの腹を蹴った。
――シリアナ、シリアナ……。
体を揺すられ目を覚ます。真っ暗の天幕の中、何も見えない。外からは人の争う怒声、逃げまどう女子どもの甲高い声、男たちが激しく剣を打ち合う音、天幕の間を駆け巡る騎馬の音が聞こえてくる。
「レザイル?」
寝台の横に人の気配を感じる。シリアナは首をひねりながら寝台の上に体を起こした。そのまま力強い手に肩を抱かれ、寝台から下ろされた。
「君の父上からだ」
手の中に何かを握り込まされる。固い。金属だ。
シリアナはそれをしっかりと握り彼のことを見上げた。
「何が起きているの?」
衣擦れの音ととともにかすかに風が動いた。暗闇の中でレザイルの表情はわからない。だがそれでレザイルが首を振ったのがわかった。
レザイルは無言で天幕の周囲を囲む布にかけてあった外套を取り、シリアナの肩にかぶせ鎖骨の下辺りで外套の前の紐を結んだ。
「アルジ族が攻めてきた。俺たちもうは終わりだ。君の父上からバレ王家の紋章を預かった。君はこれを持ってダナーン聖公国へ逃げ、君の兄君に保護を求めればいい」
「イヤよ!! わたしは族長の孫娘よ。みんなを見捨ててわたしだけ逃げるなんてできない。わたしもみんなと一緒に戦うわ!!」
いつも寝る前に枕元に立てかけている剣を取るため、シリアナはレザイルの斜め後ろに手を伸ばそうとした。だが、レザイルのたくましい二本の腕で抱き締められ、シリアナは動きを封じられた。
シリアナの耳元にレザイルが口を寄せささやく。
「君は風の巫女だ。もしアルジ族が君を捕まえたら、ヤツらは君を奴隷とし君の力を利用する。君の父上も族長もそれを心配している」
レザイルは片手で後ろをまさぐりシリアナの剣を取った。シリアナの腕をつかむと、天幕の外に出た。
焦げ臭いにおい。襲撃したアルジ族が火をつけたのだ。一族の野営地の東の端から煙が立ち上っているのが見えた。
それとは反対側、まだ騒ぎの広がっていない方へレザイルに引っ張って行かれる。
「ヤメて!!」
シリアナは足をとめ振り返って叫んだ。
東の方の天幕から火柱が立ち上がった。部族の男達は一人残らず襲撃者と戦っているはずだ。父もその中にいるに違いない。助けにいかなければ。シリアナは必死にレザイルに抵抗したが、七歳も年上のレザイルの力にまだ幼いシリアナが敵うはずもなかった。
野営地の端までくると杭につながれ父の自慢の駿馬――グルザ――が待っていた。グルザの背には既に鞍が置かれ、鞍の後ろには寝袋と皮袋がつけられいつでも旅立てるようになっている。
シリアナがきたのを認めるとグルザはぶるぶると首を振り、前足で地面を掻いた。
「イヤよ!!」
レザイルは暴れるシリアナの体を簡単に抱えあげ、グルザの背に乗せた。
「君はいくんだ」
レザイルは馬から降りようとするシリアナの体を片手で押しとどめ、胸元から首飾りを引き出しシリアナの首にかけた。
「これを君に」
レザイルはシリアナの首から垂れ下がった首飾りの飾りを左掌にのせ二人の目の高さまで持ち上げた。白いオオカミの牙の飾り。風の巫女だった祖母からレザイルが受け継いだものだ。
「――これはあなたがお婆さまからいただいた大切なものでしょう。受け取れないわ」
シリアナは慌てて首飾りを外そうとしたが、レザイルは首を振ってそれをとめた。
「ばあさんはこれを持つものにシーリーン女神の加護が与えられるように祈りをこめ俺に授けた。俺は君から十分幸せをもらったよ。幸いの風がいつも君とともにあるように」
レザイルは短く祈りの言葉をとなえ、シリアナの左右の頬と唇に素早く口づけた。間近に感じたレザイルの体温は一瞬の間で遠ざかっていく。
初めてのことに驚いてシリアナはとっさに人差し指と中指で唇を押さえ、レザイルのことを見つめた。
「君との婚約を義務だなんて考えたことはない。いつかの日か君が俺の妻になるのを楽しみにしてた。愛していたよ」
言ってレザイルがシリアナの体を抱きしめた。
「だから頼む。君だけは生き残ってくれ」
「――わかったわ……」
懇願するように耳元で絞り出されたレザイル言葉にシリアナは頷いた。
「ありがとう」
レザイルはシリアナの体を手放しながら言い、グルザのつながれた杭の方へ歩いていく。杭に結ばれた手綱をほどくとシリアナに手渡した。
「生きてくれ」
レザイルの言葉に頷いて、シリアナはグルザの腹を蹴った。
体を揺すられ目を覚ます。真っ暗の天幕の中、何も見えない。外からは人の争う怒声、逃げまどう女子どもの甲高い声、男たちが激しく剣を打ち合う音、天幕の間を駆け巡る騎馬の音が聞こえてくる。
「レザイル?」
寝台の横に人の気配を感じる。シリアナは首をひねりながら寝台の上に体を起こした。そのまま力強い手に肩を抱かれ、寝台から下ろされた。
「君の父上からだ」
手の中に何かを握り込まされる。固い。金属だ。
シリアナはそれをしっかりと握り彼のことを見上げた。
「何が起きているの?」
衣擦れの音ととともにかすかに風が動いた。暗闇の中でレザイルの表情はわからない。だがそれでレザイルが首を振ったのがわかった。
レザイルは無言で天幕の周囲を囲む布にかけてあった外套を取り、シリアナの肩にかぶせ鎖骨の下辺りで外套の前の紐を結んだ。
「アルジ族が攻めてきた。俺たちもうは終わりだ。君の父上からバレ王家の紋章を預かった。君はこれを持ってダナーン聖公国へ逃げ、君の兄君に保護を求めればいい」
「イヤよ!! わたしは族長の孫娘よ。みんなを見捨ててわたしだけ逃げるなんてできない。わたしもみんなと一緒に戦うわ!!」
いつも寝る前に枕元に立てかけている剣を取るため、シリアナはレザイルの斜め後ろに手を伸ばそうとした。だが、レザイルのたくましい二本の腕で抱き締められ、シリアナは動きを封じられた。
シリアナの耳元にレザイルが口を寄せささやく。
「君は風の巫女だ。もしアルジ族が君を捕まえたら、ヤツらは君を奴隷とし君の力を利用する。君の父上も族長もそれを心配している」
レザイルは片手で後ろをまさぐりシリアナの剣を取った。シリアナの腕をつかむと、天幕の外に出た。
焦げ臭いにおい。襲撃したアルジ族が火をつけたのだ。一族の野営地の東の端から煙が立ち上っているのが見えた。
それとは反対側、まだ騒ぎの広がっていない方へレザイルに引っ張って行かれる。
「ヤメて!!」
シリアナは足をとめ振り返って叫んだ。
東の方の天幕から火柱が立ち上がった。部族の男達は一人残らず襲撃者と戦っているはずだ。父もその中にいるに違いない。助けにいかなければ。シリアナは必死にレザイルに抵抗したが、七歳も年上のレザイルの力にまだ幼いシリアナが敵うはずもなかった。
野営地の端までくると杭につながれ父の自慢の駿馬――グルザ――が待っていた。グルザの背には既に鞍が置かれ、鞍の後ろには寝袋と皮袋がつけられいつでも旅立てるようになっている。
シリアナがきたのを認めるとグルザはぶるぶると首を振り、前足で地面を掻いた。
「イヤよ!!」
レザイルは暴れるシリアナの体を簡単に抱えあげ、グルザの背に乗せた。
「君はいくんだ」
レザイルは馬から降りようとするシリアナの体を片手で押しとどめ、胸元から首飾りを引き出しシリアナの首にかけた。
「これを君に」
レザイルはシリアナの首から垂れ下がった首飾りの飾りを左掌にのせ二人の目の高さまで持ち上げた。白いオオカミの牙の飾り。風の巫女だった祖母からレザイルが受け継いだものだ。
「――これはあなたがお婆さまからいただいた大切なものでしょう。受け取れないわ」
シリアナは慌てて首飾りを外そうとしたが、レザイルは首を振ってそれをとめた。
「ばあさんはこれを持つものにシーリーン女神の加護が与えられるように祈りをこめ俺に授けた。俺は君から十分幸せをもらったよ。幸いの風がいつも君とともにあるように」
レザイルは短く祈りの言葉をとなえ、シリアナの左右の頬と唇に素早く口づけた。間近に感じたレザイルの体温は一瞬の間で遠ざかっていく。
初めてのことに驚いてシリアナはとっさに人差し指と中指で唇を押さえ、レザイルのことを見つめた。
「君との婚約を義務だなんて考えたことはない。いつかの日か君が俺の妻になるのを楽しみにしてた。愛していたよ」
言ってレザイルがシリアナの体を抱きしめた。
「だから頼む。君だけは生き残ってくれ」
「――わかったわ……」
懇願するように耳元で絞り出されたレザイル言葉にシリアナは頷いた。
「ありがとう」
レザイルはシリアナの体を手放しながら言い、グルザのつながれた杭の方へ歩いていく。杭に結ばれた手綱をほどくとシリアナに手渡した。
「生きてくれ」
レザイルの言葉に頷いて、シリアナはグルザの腹を蹴った。