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プロローグ
1
ここ数日降り続く雨の音が耳について離れない。
三崎は長い病院の渡り廊下を歩いていた。
消灯時間を過ぎた渡り廊下は暗く、三崎の足音だけが響いていた。
三崎はふと立ち止まり、窓の外に目をやった。
暗闇の向こうに、疲れ切った後この顔が薄ぼんやりと映っている。
三崎は頭を二三度振ると再び歩き出した。
渡り廊下を抜け、右に折れる。暗い廊下の先に皓々と明かりの灯るナースステーションが見えた。
三崎はナースステーションに向かって歩き、受付に顔を出した。
ナースステーションの奥で机に向かって作業していた看護師が振り返った。
「三崎さん」
「優子さんは?」
三崎の問いに、看護師は首を振って立ち上がり、沈鬱な表情で受付に向かって歩いてきた。
患者が危篤だと聞いて火急の仕事だけ片付けて来たのだが、看護師のその様子に間に合わなかったのだと悟った。
「千尋さんは?」
「病室にいます」
看護師は痛ましげな表情をした。
「そうですか」
三崎は首をひねって廊下の奥を見てから、看護師に向き直った。
「ありがとうございました」
看護師に言って、三崎は歩き出した。
205
とプレートに書かれた病室の前で三崎は止まった。
大きく息を吸い、吐き出す息とともに扉を叩いた。
応えはない。
三崎は扉を開けた。
病人の寝かされたベッドの横に学ラン姿の少年座っている。
三崎の姿を認めると少年は三脚の丸イスを蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「何しに来たんだよ」
少年が大股で三崎のところまで歩いてくる。
三崎は後ろ手に扉を閉めた。
「葬儀業者を呼びます。遺体をいつまでも病院に置いておけないですから」
「——アンタ……」
無情な三崎の言葉に少年は眦を上げ、三崎の胸ぐらを掴んでドアに押し当てた。
ドアノブが脇腹にあたり、三崎はうっ、とうめき声を漏らした。
「アンタたちのせいだ。アンタたちのせいで母さんは……」
少年は言うとその場にずるずると崩れ落ちた。
学ランに包まれた肩が上下に動いている。少年がすすり泣く声が聞こえた。
三崎は少年が落ち着くのを待った。
泣き声が聞こえなくなって、三崎は少年に声をかけた。
「立ってはどうですか」
三崎は少年に手を差し出した。
少年が三崎のことを見上げた。黒目勝ちの瞳には強い意志が見えた。
「アンタたちの助けなんていらない」
三崎の手を払って、少年は立ち上がった。
ここ数日降り続く雨の音が耳について離れない。
三崎は長い病院の渡り廊下を歩いていた。
消灯時間を過ぎた渡り廊下は暗く、三崎の足音だけが響いていた。
三崎はふと立ち止まり、窓の外に目をやった。
暗闇の向こうに、疲れ切った後この顔が薄ぼんやりと映っている。
三崎は頭を二三度振ると再び歩き出した。
渡り廊下を抜け、右に折れる。暗い廊下の先に皓々と明かりの灯るナースステーションが見えた。
三崎はナースステーションに向かって歩き、受付に顔を出した。
ナースステーションの奥で机に向かって作業していた看護師が振り返った。
「三崎さん」
「優子さんは?」
三崎の問いに、看護師は首を振って立ち上がり、沈鬱な表情で受付に向かって歩いてきた。
患者が危篤だと聞いて火急の仕事だけ片付けて来たのだが、看護師のその様子に間に合わなかったのだと悟った。
「千尋さんは?」
「病室にいます」
看護師は痛ましげな表情をした。
「そうですか」
三崎は首をひねって廊下の奥を見てから、看護師に向き直った。
「ありがとうございました」
看護師に言って、三崎は歩き出した。
205
とプレートに書かれた病室の前で三崎は止まった。
大きく息を吸い、吐き出す息とともに扉を叩いた。
応えはない。
三崎は扉を開けた。
病人の寝かされたベッドの横に学ラン姿の少年座っている。
三崎の姿を認めると少年は三脚の丸イスを蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「何しに来たんだよ」
少年が大股で三崎のところまで歩いてくる。
三崎は後ろ手に扉を閉めた。
「葬儀業者を呼びます。遺体をいつまでも病院に置いておけないですから」
「——アンタ……」
無情な三崎の言葉に少年は眦を上げ、三崎の胸ぐらを掴んでドアに押し当てた。
ドアノブが脇腹にあたり、三崎はうっ、とうめき声を漏らした。
「アンタたちのせいだ。アンタたちのせいで母さんは……」
少年は言うとその場にずるずると崩れ落ちた。
学ランに包まれた肩が上下に動いている。少年がすすり泣く声が聞こえた。
三崎は少年が落ち着くのを待った。
泣き声が聞こえなくなって、三崎は少年に声をかけた。
「立ってはどうですか」
三崎は少年に手を差し出した。
少年が三崎のことを見上げた。黒目勝ちの瞳には強い意志が見えた。
「アンタたちの助けなんていらない」
三崎の手を払って、少年は立ち上がった。
三崎は長い病院の渡り廊下を歩いていた。
消灯時間を過ぎた渡り廊下は暗く、三崎の足音だけが響いていた。
三崎はふと立ち止まり、窓の外に目をやった。
暗闇の向こうに、疲れ切った後この顔が薄ぼんやりと映っている。
三崎は頭を二三度振ると再び歩き出した。
渡り廊下を抜け、右に折れる。暗い廊下の先に皓々と明かりの灯るナースステーションが見えた。
三崎はナースステーションに向かって歩き、受付に顔を出した。
ナースステーションの奥で机に向かって作業していた看護師が振り返った。
「三崎さん」
「優子さんは?」
三崎の問いに、看護師は首を振って立ち上がり、沈鬱な表情で受付に向かって歩いてきた。
患者が危篤だと聞いて火急の仕事だけ片付けて来たのだが、看護師のその様子に間に合わなかったのだと悟った。
「千尋さんは?」
「病室にいます」
看護師は痛ましげな表情をした。
「そうですか」
三崎は首をひねって廊下の奥を見てから、看護師に向き直った。
「ありがとうございました」
看護師に言って、三崎は歩き出した。
205
とプレートに書かれた病室の前で三崎は止まった。
大きく息を吸い、吐き出す息とともに扉を叩いた。
応えはない。
三崎は扉を開けた。
病人の寝かされたベッドの横に学ラン姿の少年座っている。
三崎の姿を認めると少年は三脚の丸イスを蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「何しに来たんだよ」
少年が大股で三崎のところまで歩いてくる。
三崎は後ろ手に扉を閉めた。
「葬儀業者を呼びます。遺体をいつまでも病院に置いておけないですから」
「——アンタ……」
無情な三崎の言葉に少年は眦を上げ、三崎の胸ぐらを掴んでドアに押し当てた。
ドアノブが脇腹にあたり、三崎はうっ、とうめき声を漏らした。
「アンタたちのせいだ。アンタたちのせいで母さんは……」
少年は言うとその場にずるずると崩れ落ちた。
学ランに包まれた肩が上下に動いている。少年がすすり泣く声が聞こえた。
三崎は少年が落ち着くのを待った。
泣き声が聞こえなくなって、三崎は少年に声をかけた。
「立ってはどうですか」
三崎は少年に手を差し出した。
少年が三崎のことを見上げた。黒目勝ちの瞳には強い意志が見えた。
「アンタたちの助けなんていらない」
三崎の手を払って、少年は立ち上がった。